兄嫁は下級生!? 〜The family game〜
03/始動! 花嫁候補生!!
自室で使用人達と打ち合わせをしたあと、秋葉は今に戻ってきた。
そして開口一番……
「瀬尾! 今日からあなたは花嫁候補生よ!!」
ドドーンっとバックに波しぶきを背負って、そう宣言した。
しかしその時、晶の脳裏に浮かんでいたのは宇宙空間と怪しげなロボットとネコミミの女の子の姿だった。さすがはオタク♪
「これからあなたには、一週間ほど炊事洗濯などの、家事一般のレベルが、兄さんと結婚するに相応しいかどうかのテストをうけてもらいます」
「テスト?」
「そうです。というわけで、今日から一週間ほど、この家に寝泊まりしてもらいます」
「ちょ、ちょっと待てよ! そんないきなり……」
「瀬尾様のお宅には先ほど電話をさせていただきましたっ♪」
やっぱりあんたかコンチキショウ。
秋葉の後ろで、何がそんなに楽しいのかと問い詰めたくなるほど綺麗な笑顔を見せる琥珀を、志貴はにらみつけた。
もちろん割烹着姿の悪魔にはそんな抵抗無意味なのだが。
味方につくと心強いのだが、敵にまわると本当に厄介だ。
だが、同時にこの提案は志貴達にとっても渡りに船と言えた。
あのまま、一方的に否定され続けられる状況よりは、頑張り次第では認めてもらえるチャンスを与えてもらえたのだから、マシになったと言える。
「……わかりました。遠野先輩に認めてもらう為、志貴さんと結婚するため、私は……花嫁候補生になります!!」
ドドーンっと、晶もバックに波しぶきを背負い、宣言した。
なんか、ちょっと楽しそうだった。
「では、まずはお料理です」
「はい!」
「はい、いい返事ですね〜。では、早速ですが裏庭に行って材料を取ってきてください」
裏庭……その一言に、その場にいた志貴は頬をひきつらせた。
花嫁候補生とか、テストとか……何かが起こる、と嫌な予感はしていたが……まさか、いきなり大技で来るとは。笑顔で致命的な指示を出すこの琥珀という少女の恐ろしさを、志貴は改めて思い知った。
「ま、まってください、琥珀さん。何も裏庭に行かなくったって、ここにある材料で十分じゃないんですか!?」
「あはっ♪ 残念ですが……」
志貴が助け船を出すことは予想済みだったのだろう。琥珀は余裕の笑顔で冷蔵庫を開ける。
しかし、その中を志貴がのぞき込むよりも早く『朱い』何かが冷蔵庫の中へと飛び込んでいった。
そして……志貴が冷蔵庫の中身をのぞき込んだときには、すでにその中にあった野菜さん達は皆、まるで水分や養分を『略奪』されたかのような、萎びた姿でご臨終していた。
「残念ながら、冷蔵庫の中の野菜はみんなこのような状態です。ですから、やはり裏庭へ取りに行ってもらわないと」
いけしゃあしゃあと、そんなことを言い放つ琥珀。
そして、その横で我関せずといった顔でそっぽを向いている秋葉。
「おまえ達はそこまで……」
「大丈夫です。志貴さん……私、行きます!」
「晶ちゃん!」
勇敢な晶の決断……だが、裏庭の恐怖を知っている志貴にとって、それはむしろ無謀だった。
あそこは魔境だ。魔術師の手によってではなく、長き時間によって徐々に常識を剥奪されていった世界。最早100年級のアイテムでは切り裂くこともできないほどに強固な結界。
一般人が踏み込めるような場所ではない。
「だめだよ、晶ちゃん」
「大丈夫です。たとえ、フワフワでピコピコと鳴くの自称『犬』が支配する空間だったとしても!」
ゲームが違うよ晶ちゃん……志貴はとりあえず、場の雰囲気が壊れないように心の中でつっこんでおいた。
「私、負けません! 志貴さんのお嫁さんになるために、一所懸命がんばります!!」
「晶ちゃん……そんなに固い決心なんだね。だったら俺には止められないよ。でも、もしピンチになったら俺を呼ぶんだよ? 例えどこにいても、絶対に助けに行くから」
「はい。信じてます」
見つめ合う二人。その瞳には相互の強い信頼と愛情があった。
当然、そのような状態なのだから、次の展開も予想できる。
志貴は晶の手をやわらかく、しかししっかりと握りしめ、彼女の小さな身体を自分の元へと引き寄せた。
晶もそれに逆らわず、むしろ自分から志貴の胸へと飛び込んでいく。その表情はすでに恋する乙女のそれだった。
そして……
「晶ちゃん……」
「志貴さん……」
「何をやっているんですかっ!!」
二人の唇が後もう少し、という距離まで近づいたところで秋葉の咆吼が、そのラブラブ空間を引き裂いた。
「そんなふしだらな行為は認めません! このテストに合格するまでは……その……キ、いえ、その……接吻……などは、禁止です! ぜぇったいに禁止ですからね!」
キスという言葉に恥ずかしがっているあたり、秋葉がかなりの「ねんね」で在ることは明らかだった。
おかげで、かなり横暴なことを言いながらも、いまいち説得力に欠けている。
「じゃあ、晶様。がんばってきてくださいね」
「ハ、ハイ!」
志貴からの心配げな視線を背中に受けながらも、晶は健気にその一歩を踏み出す。
そして……その五分後。
「んきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
断末魔の悲鳴が屋敷に響きわたった。
あぁ、やっぱり。
「続いてはお掃除です」
「は、はひぃ……」
なんとか返事をするが、晶はボロボロの状態だ。
あの後、慌てて志貴が助けに入ったから良かったものの、もうちょっと遅かったら危なかった。食人植物の養分と成り果てていただろう。
「屋敷を清潔に保つことは、住む人の心の清潔を保つことにも繋がります。主の心が安らぐ場を作るためにも、清掃を疎かにしてはいけません」
「な、なるほど」
翡翠の言葉にひどく感銘している様子の晶。見ている志貴も今度は大丈夫だろうと安心気分だった。
だが、二人は重要なことを忘れている。
翡翠はあの琥珀の妹であると言う事。そして主人に対して非常に忠実であること。
「では、この廊下からあの突き当りまで、清掃してください」
「へ?」
「そうですね。制限時間は三十分にしましょうか。他にもやるべきことはたくさんありますから、ここにだけ時間はかけられません」
「いや、なんか五十メートル走ができそうなくらい長いんですけど? この廊下……」
「はい。約五十六メートルあります」
「それを三十分で?」
「以内、です」
冷徹なまでのその条件に、サァーっと晶の顔から血の気が引いていくのが分かった。
「準備は宜しいですか? では始めてください」
「え、ちょっと待っ……」
待ってくれないのがこの世の常だ。
眉一つ動かさずに懐中時計のカウントダウンを始める翡翠。
「うわぁぁぁ〜〜〜ん」
泣きながら、雑巾を手に廊下へと向かう晶。
しかし、志貴の目にはどうやっても間に合いそうになかった。
「……あれ? ところで、ここの清掃って、このまえ専門の業者がきてやってなかった?」
「はい。私と姉さんだけではどうやっても手が回りませんので、定期的に業者の方に着て頂いてます」
堂々と、とんでもない事を自白する翡翠。
「えっと、それじゃあ何で晶ちゃんにここを掃除させてるのかな?」
「……たぶん、特に意味は無いと思います」
「晶ちゃん! オレ達、騙されて……」
ぷすっ
「あぅ……」
なにかが首筋に突き刺さったかと思うと、急に志貴の身体から力が抜けていった。
「あらあら、志貴さん。こんなところで寝てはいけませんよ?」
廊下に倒れ伏す志貴を、冷徹な笑顔で見下ろす割烹着の悪魔。
「あ、あんたらは……」
「あは〜♪ こんな面白いこと、そうそう簡単に終わらせてあげるわけ無いじゃないですか〜♪」
騙される。晶ちゃんも。ついでに秋葉も!
そう声に出そうとして、しかし志貴は意識を失った。
ちなみに……結局、晶は廊下の清掃に一時間かかった。
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