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兄嫁は下級生!? 〜The family game〜





04/ランチタイム・ディスカッション


 
「はい、晶さん。ごくろうさまでした」
「あ、ありがとうございます……」
 目の前に、美味しそうなフレンチトーストを置かれても、晶は喜べなかった。
 ミルクと卵の焼けた甘い薫り。その横に添えられているたっぷりのクリーム。ハチミツの入ったビンまで置かれている。普段の晶なら、一も二もなく飛びついているだろう。だが、今の状態では、食欲がわいてくるわけもなかった。
 今の状況、というのは内的要因と外的要因が作り出した、非常に胃に悪い状況のことである。
 まず、内的要因。これは、先ほどまでの重労働の事だ。
 花嫁候補生として、遠野家の家事トレーニングを受けた晶だったが、そのあまりの重労働さに、すでに肉体は限界に近い状態だった。食欲をなくし、身体が食べ物を受け付けないほどに。
 それは全て、遠野家の当主であり、志貴と結婚すれば義理の妹になる遠野秋葉、そしてその秋葉を裏から――時にはあからさまに表から――操る割烹着の悪魔、琥珀嬢の策略であったのだが、それを知っているのは志貴だけだった。
 その志貴青年はというと……現在は自室にて強制睡眠中である。琥珀曰く、「アハ♪ 夜までグッスリですよ〜」という事らしかった。
 さて、それに対して外的要因はというと……。
「どうしたの? 瀬尾。食べないのかしら?」
「い、いえ……いただきます」
 真正面から向けられるプレッシャーに、半泣きになりながら、晶は答えた。
 前述した通り、現在志貴は睡眠中である。そのため、昼食の席には彼を除いた四人しか居なかった。……しかし、その四人中二人は使用人であり、同じ席について食事をとることは有り得ない。
 つまり、今現在、晶は秋葉とたった二人で昼食を摂っているのだ。
(胃が、キリキリする……)
 先ほどから胃が妙に痛む。もしかしたら自分は、僅か十六歳にしてストレス性胃潰瘍を経験するかもしれない。晶は、絶望的な気分で、そう自覚した。
 冷や汗は最早、脂汗に変わっている。ダラダラと止めど無く流れ、そろそろ脱水症状が出始めるかもしれない。
「どうしたの? 瀬尾?」
「あ、あはは……。いただき、ます」
 秋葉に気圧されながら、ナイフとフォークに手をつける。身体は相変わらず食物を欲していないし、喉からは嗚咽が漏れそうだったが、退路はない。
 全員突撃、ガンパレード・マーチ。
 晶は、フレンチトーストにナイフを差し込んだ。
 その瞬間――――
「……ッ」
「ヒッ!」
 秋葉の片方の眉毛が、微妙に揺れたのを、晶は絶対に見逃したりなんてしなかった。
「ご、ごめんなさい!」
「あら? どうして謝るの? 私は別に何も言ってないでしょう?」
 テーブルマナーも守れないような小娘がどうして私の兄と結婚できるって言うんですか身のほどを知りなさい身のほどを、って顔に書いてあります。晶にはとてもそんな事は言えなかった。
「さぁ、せっかく琥珀が用意してくれた食事です。いただきましょう」
 ごくり……。唾を飲み込む。
 いただきましょう、なんて言っておきながら、自分は手をつけない。恐らく、晶にテーブルマナーを真似させないためであろう。
「……食べないのね。へぇ……それはつまり、私のもてなしがお気に召さない、という事なのかしら?」
「ち、違いますッ!」
「だったら、どうぞ。お食べなさい」
 最早それはもてなしでも何でもなく、脅迫に近かった。食べなければ殺す。それくらいの気迫だ。
 晶は胃に小さな穴が一つ開いたのを、何故か認識した。
「まぁまぁ、秋葉様。晶さんも緊張なさってるんですよ。ここはなんとか、大目に見てあげていただけませんでしょうか」
「…………」
 突然の邪魔者に、秋葉は不満げな視線を向けた。しかし、秋葉の殺人級の視線も琥珀の微笑みの前では効果を見せない。どころか、それ以上の圧迫感を持って逆に秋葉を威圧する。
「……フンッ。そう言うところ、兄さんと一緒だわ!」
 そういうところ、というのはテーブルマナーが全くなってない事なのだろう。琥珀は、志貴が屋敷に戻ってきた頃を思い出して苦笑した。
「さ、どうぞ、晶さん」
「え、でも……」
「午後も候補生としてのお仕事が残ってますし、お腹に何か入れておかないと倒れちゃいますよ?」
 そう言われれば、そうかもしれない。相変わらず食欲は無かったが、それでも今の機会に食べておかないと、この後のさらなる重労働に耐えれそうに無かった。
 晶は決心し、再びナイフとフォークを構える。
 一度、その状態のまま秋葉のほうに視線を向けると、彼女は不貞腐れたようにそっぽを向いていた。
「そ、それじゃあ……いただきます」
 ナイフで小さく一口分を切り取り、それを口の中にいれる。
「あ、食べましたね?」
「え゛っ」
「アハッ♪ 冗談です」
 どうしてこの人はこういう、洒落にならない冗談を言うのだろうか?
 本気で、心臓が止まるかと思った。そのあまりの驚きに、口の中に入っている物の味もわからなくなってしまっている。なんだか、ストレスが溜まり過ぎて涙がでてきそうだった。
「冗談ですよ〜。ささ、どうぞ♪」
 琥珀に促され、二口目を口に運ぶ。やっぱり味はしない。
「あの……ご質問しても宜しいでしょうか?」
 まるで麻袋の中に砂を詰めこみ、土嚢でも作っているかのように無理やり三口目を口の中に放りこみ、さらに四口目を切り分けていた時、後方から翡翠の声がかかった。
「あ、はい……」
「お食事中申し訳ありません。少し不躾な質問なのですが……その、晶様は、志貴様と普段どのような所へ行ってらっしゃるんでしょうか?」
「え? えっと……別にこれといって、特別なところには。志貴さんと会うときは、だいたい食べ物屋さんですね。アーネンエンベとか……」
「兄さんは、私には一度もお食事をご馳走してくださったことありませんけどね……」
「それは、秋葉様の方が財布の紐を握っているからだと思います」
 秋葉の愚痴に、すかさずツッコミを入れる翡翠。
「どこかにデートにいかれたりはしないんですか? 遊園地とか、動物園とか」
「い、いえ、そんな所には……」
 答えながら、ちらりと秋葉のほうへ視線を向ける。すると案の定、顔をそっぽに向けたまま、横目でこちらをにらみつけていた。
 また、お腹がキリキリと軋む。
「それじゃ、もう一つだけ。晶さんは、志貴さんのどこが好きなんですか?」
 琥珀のその質問に、秋葉と翡翠の顔色が変わった。それは、確かに一番聞きたいことであったからだ。
「その〜……どこがって言われても困るんですけど。やっぱり……優しい所、かな。エヘヘ……」
 戸惑いながら、晶は顔を朱に染めてそういった。その表情は、見間違いようもなく、恋する乙女の顔だった。






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