「やぁ、君も雨宿りかい?」
 声をかけられて、黒猫は顔を上げた。
 雨は大降り。空は灰色どころか真っ暗ですらある。
 黒猫が休憩場所に選んだ八百屋の軒下にはまともな光源となるものはなく、近くの自動販売機からわずかばかりの光が漏れ出すのみ。
 そんな暗闇の中で、闇と同じ色をした猫は、これまた闇と同じ色をした青年と出会った。




「BLACK & BLACK」




 困った――――
 彼は走っていた。
 街を歩いていたら突然雨が降り始めたのだ。それも、土砂降りの雨。
 あいにくと手元に傘はない。もっとも、傘があったところでこの雨では濡れずに済ますのは不可能だろう。
 何処かで雨宿りするのが一番なのだが、さらに不幸なことに辺りは住宅街。雨宿りできる場所すらない。
 しかたなく、彼は雨をしのげる場所を探し、走り回る事にした。
 しかしこの街は彼の地元ではない。つい昨日、仕事の調査でやってきたばかりの知らない街。
 雨宿りできる場所といってもまったく分からなかった。
 とりあえず、このような住宅街ではそんな場所がある筈もない。
 先ほど見かけた商店街に行けばコンビニにあたりをつけ、彼は来た道を少し戻り、商店街の見える角を曲がった。
 本来なら人があふれているだろう商店街は、まるで死んだように静かだった。
 まだ昼間であるはずなのに、この雨のおかげで店も閉まり、辺りに人影は無い。
 そういえば、朝のニュースで暴風警報が出ていた記憶がある。そんな中を歩き回っている人なんか、そうそういやしないだろう。
 ビチャビチャと水はけが悪く一面水たまりになった道路を駆けながら、彼は周囲を見回していた。
「――――ん?」
 ふと、視界の端になにか黒い物体を見つけたような気がして、彼は立ち止まった。
 一瞬だったので見間違いかとも思ったが、そちらの方を向いてみると、やはりそうではなかった。
 何かの店の軒下の、さらに隅っこに、一匹の黒い猫が居た。 
「やぁ、君も雨宿りかい?」
 声をかけてみると、猫はやや驚いたようにこちらを見上げてきた。
 綺麗な猫だった。
 闇に沈んだようなその毛色といい、こちらを見返す金色の瞳といい。
 ただ、彼は同時に、寂しそうだとも感じた。
 塗れた身体を縮こまらせて、ポツンとそこに寝そべっているその猫は、独りだった。
 その姿が、彼の良く知る人物の、ある姿と被った。
「いやぁ、いきなり降ってきたもんだから、ビックリしちゃったよ」
 彼は、なんとなく、その場所を雨宿りの場所に決めていた。
 雨宿りには最適の場所――――とは言えない。八百屋の軒下は人間には少々狭過ぎる。完全な意味で雨を凌ぐことは出来なかった。
 だがまあ、このまま雨の中を当ても無く走り回るよりはマシかもしれない。  
 そう心の中で言い訳しておく。
  
 


 誰――――
 猫は突然現れたこの人間に、当惑していた。
 突然雨が振り出して、慌てて軒下に逃げ込んだのがつい十分ほど前。
 排水溝からは離れているが、徐々にここまで水が伝ってきていて、どうしたものかと考えていた時だった。
 人間は牡だった。しかも全身黒一色だった。
 眼鏡だけがキラリと光っている。
 優しげに笑うその顔は、妙な安心感を感じさせる。
 なんとなく、自分の良く知っている人間に似ていて……猫は顔をそむけた。
 今は、その人の顔を思い出したくなかった。
「君は独りなのかな?」
 当たり前のように自分の隣に立ち、顔についた水滴を手で弾いた彼は、何を考えたのか、いきなりそんな質問をしてきた。
 見れば分かるだろうに。
 猫は鬱陶しげにしながら、その質問を無視した。
 だが、そんな猫に対して返ってきたのは、何故か笑いをこらえるような霞んだ吐息だった。
「あぁ、やっぱり君は僕の良く知ってる子にとても似てるよ」
 なんの話なのか分からず、猫は訝しげに彼を見上げた。
 そこにあったのは、泣きそうになるほど優しい微笑で――――猫は再び顔を背けそうになった。
 だがそれよりも早く、彼の言葉が続いた。
「うん、ホントに似てる。その仕草といい、雰囲気といい。……その子はね、自分がいつも独りぼっちなんだって思ってるんだよ」
 独りぼっちという言葉に、猫は過敏に反応した。
 別に、猫は孤独ではなかった。
 猫には主が居た。メガネをかけ優しい微笑みを浮かべる、大好きな主が。
 だが、大好きであったからこそ、猫は不安を殺しきれず、今、独りでこの場所に居たのだ。
「その子はね、昔は独りじゃなかったんだ。心を共有するもう一人のその子が居たんだよ。だからその子はいつだって独りきりじゃなかった」
 だけど――――猫にはその続きが分かっていた。
「だけど、今はもうその子は居ないんだ」
 やっぱり。
 猫と同じだった。
「その子は、大切な自分の心の半分を無くしちゃったんだ。……そういう意味で、僕はその子を満足させることは出来ないんだと思うよ。身体で繋がることは出来るし、思考で繋がることも出来る。だけど心はその人だけの物だから。他人の気持ちなんて、分かりはしないんだ」
 彼がそう言った事に、猫はショックを受けた。
 悲しかった。
 どんなに求めても、完璧な繋がり方は出来ないのだと言われたから。
 それは猫が求めて止まない物だったから。
 昔はそれでも気にならなかった。
 猫は自分を作った魔術師と繋がっていた。猫は猫であったけれど、同時に魔術師の一部でもあった。
 だが今は違う。
 猫は猫だった。猫でしかなかった。
 新しい主とは繋がりを持っていたが、その心に触れることは出来なかった。
 何を考えているか分からないのが、何よりもすごく恐ろしい。
 猫にとって、自分が必要とされなくなるかもしれないという事が何よりも怖かった。 
 



 何故こんな事を猫に話しているのか彼自身にも分からなかった。
 ただ、猫の恐怖は彼にも伝わっていた。
 何故なら、猫の仕草が自分の良く知っているその子に良く似ていたから。
 他人を拒絶していながらも、触れ合う温もりを強く求めている。自分が他人にとって必要である存在だという確証が無いのだ。しかし、その繋がり方が分からないからいつも不安で、すごく怖くて、怖がってる自分が嫌だから逆に怒ってしまう。
 なのに、ちゃんとした怒り方を知らないから――怒っている自分を表現する術を知らないから――拗ねるしかない。
 雨の中で独り、雨宿りをしている猫のその姿は、彼の良く知っている子の、拗ねている姿とそっくりだった。
 だから、こんな風に構ってしまったのかもしれない。
「だからね。僕はいつだってその子の事を考えているんだ。その子の心が独りっきりにならないように、いつだってその子の心を気にしてる。そしてその子がもし独りになったら、いつだってその子の手を握ってあげるんだよ」
 他人の心なんて分からない。だけどそれは、自分の心も他人には伝わらないと言う事だから。
 彼はそう、優しく続けた。
 想うだけでは伝わらない。
 だから彼はいつも行動に起こした。
「独りじゃないんだよって。言ってあげるんだ」
 そんな事すると、いつも顔を真っ赤にしてナイフを振り回したりするけれど。
 その一言で救われる心があるのなら、彼は躊躇わなかった。
 しかし、彼は猫には触れようとはしなかった。
 猫が孤独ではないことを知っているから。その役目は彼の物ではなかった。
「でも、待ってるだけじゃ言葉を貰えない時もあるよ。誰だって、見逃しちゃう時はあるから。だからそんな時は、君から伝えると良い。ヘタクソでも良いから。ぶつかるくらいの気持ちで」
 だって――――
「きっと、君のご主人様も、君の言葉を欲しがっているはずだから」
 独りで拗ねている君と同じくらい、その人も不安なんだから。




「止んだみたいだね……雨」
 彼がそう言ったので、猫はやっとその事に気がついた。
 まだ空には雨雲が重く圧し掛かってはいたが、雨はすでに降ってきてはいない。
 先ほどよりもだいぶ明るくなったその場所で、猫は再び彼の顔を見た。
 主と似ていると思っていたその顔は、予想に反してあまり似ていなかった。
「それじゃあ僕は行くよ。君も……早く帰った方が良いよ」
 君を待っている人が、居るはずだから。彼はそう言い残して、その場所から去っていった。
 ピチャピチャと水の跳ねる音が――やがて小さく、聞こえなくなっていく。
 猫はその音を聞きながら、考えていた。
 主は今、自分の帰りを待っているだろうか?
 もしかしたら、自分が居なくなっていたことすら気づいていないのではないだろうか?
 そんな不安ばかりが脳裏をよぎる。
 だけど、想いは言わなきゃ伝わらない。言ってもらわなきゃ分からない。
 不安な気持ちで考える。
 主は今、自分の言葉を待ってくれているのだろうか?
 もしそうなのだとしたら――――猫はドキドキした。
 何故だろう。よく分からなかった。
 ただ、無性に自分の主に会いたくなった。
 その腕の中で、温もりを感じたくなった。
 この身体全体で、自分の想いを伝えたかった。
 何故なのかは分からない。
 だから、猫は走り出した。
 急いで帰ろう。
 急いで帰ろう。
 自分の、大好きな人の所へ。


 雨の止んだ街には光が戻り、そしてまっすぐ続く道路に虹を作り出す。
 そんな光のトンネルの中を、闇と同じ色をした猫が駆け抜けていった。




――END――







あとがき

 黒と黒〜!
 と言う事で、名前は出してませんが、言わずとしれたあの二人です。
 今回、ちょっと変な書き方を試してみたのですが…どうなんでしょうね?
 ちょっと特殊な三人称。所謂、神様視点です(?
 なんか…変な感じですかね?
 書いてる方は割合楽しかったのですが(ぉ

 しかし、もともとはほのぼのジャンルで書こうと思っていたのに、何故か思いっきりシリアス(汗
 ほのぼのとか萌えとかを書くと、何故かギャグがシリアスになってしまうのは、雨音の悪い癖ですネ。
 ただ、原作でも力ではなく意志と言葉で物語の一つの中心を担ってきた「彼」のカッコ良さは多少書けたと思うので、それは楽しかったです。
 猫の不安については…そこらじゅうの同人誌で使われているネタですけど(ぉぉ

 ちなみに、脳内設定では後日、猫が彼に恩返しに来るというのがあります。
 思いっきり18禁ですけどね(笑
 どうせなら、彼の周りに居る女性キャラで、分岐させてやりたいと思うのですが…
 果たして書けるかどうかは――――天の神様の言う通り!(ぉぉぉ