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眠りにつく一瞬、祐一は歌を聴いていた。
真っ暗な部屋の中で、その歌は緩やかに響く。
枕元に流れる優しい歌声。
さざ波のように、草原を吹き抜ける風のように、暖かくて落ち着く……それはきっと子守歌だ。
記憶にかすかに残っている幼い頃に母が歌ってくれた曲とは違うような気もするが、その心地よさだけは変わらない。
そっと、柔らかい何かが額を撫でてくる。柔らかくて、繊細な誰かの手。
それが微妙に冷たくて、火照った身体にありがたい。
(誰――――)
視線を上げて、誰がそこに居るのかを確認しようとする。
しかし、そんな祐一の思いとは逆に、身体は眠りを求めた。
閉じられていく瞼。
薄れていく意識。
(誰なんだ――――)
眠りの衝動にそれでも逆らおうとして……しかし祐一は歌声に抱かれるようにして、眠りについてしまった。
『誰が子守唄を歌ったか』
朝。
目が覚めて一番最初にする事と言えば、時計を確認する事か。
今何時なのか、自分がどれほど眠っていたのか、体内時計を調節するためにもその行為は必要である。
「う……6時……?」
昨日の寝入りが早すぎたためか、時刻はまだ普段起きる時間にはほど遠い時間だった。
本来なら、こんな時間に目が覚めたのなら無理にでも二度寝に入りたい所なのだが。
ぐぅぅぅ
「むぅ。そういや、昨日はまともな物は食えなかったからなぁ」
寝ている間、回復のために使用したエネルギーの補給を訴えてきているのだろう。
昨日はまともに食事の出来る状態ではなかったので、カロリー不足は間違いない。
仕方なし、祐一はベットから出ることにした。
ぐらりと、一日寝ていて感覚の狂った身体が揺れるが、なんとか立て直す。こんなところで転けてしまったら格好悪いったらありゃしない。
「ふわぁぁぁあ」
欠伸と同時に身体をひねる。ボキバキと心地良い音が響いた。
たとえ一日だけの話とはいえ、寝たきりというのはなかなか身体に影響を与える物だ。
祐一は一瞬その場でストレッチでも初めてやろうかと考えたが……しかしお腹からのさらなる催促があったので諦めた。
「腹減ったなぁ……」
呟きながら、階下へと降りていく。
「ん? 誰か居るのか?」
本日は休日。まさかそんな朝の6時にもう起きているような奴が居るのか? と首を傾げる。
音のしているキッチンに顔を出してみると、そこにはエプロン姿の水瀬秋子がいた。
「あら、おはようございます。祐一さん」
「おはようございます。早いんですね……」
「ええ。祐一さんこそ。お体の調子はどうですか?」
「もう大丈夫ですよ。なにせ、超合金で出来てますから。それで実は……」
「ご飯、ですね? ウフフ、すぐに用意します」
相変わらずこちらの言いたい事を理解してくれる人だ。
お粥で良いですよね? という声に即座にYESと――本当ならもっと味のある物が欲しいのだけど、どうせお腹が受け付けられないだろうから我慢し――答えて、祐一はリビングに移動した。
「おはようございます」
「おぉ天野か。早起きだなぁ。オバサン臭いを通り越しておばあさん臭いぞ」
「失礼ですね。早起きは三文の得なんです」
今時早起きは三文の得なんて言葉を口にするだけでも充分オバサン臭い。ついでにその静かにお茶をすすっている姿も。
「真琴と栞は?」
「まだ寝てます」
美汐は昨日、この水瀬家の真琴の部屋に泊まっていたのだ。彼女だけではない。現在この家には7人の少女達が居る。
秋子の娘である名雪、居候の真琴とその友人の美汐。さらに先輩の川澄舞と倉田佐祐理。そして同級生の美坂香里と妹の栞。
なんでこれだけの少女達が一つの家に集まっているのかというと……彼女たちは「水瀬家一泊二日、相沢祐一お見舞いツアー」の参加者だからだ。ちなみに、部屋割りは名雪の部屋に香里が。真琴の部屋に栞と美汐が。空いている客間に舞と佐祐理という割り振りだった。
「あんな騒がしいお見舞い、病院でやったらつまみ出されるぞ」
女三人よれば姦しいなんていうが、七人集まれば姦しさも三割り増し(当社比)だ。
「それだけみんな心配だったって言う事です」
「みんな? ふふ〜ん、天野チャンは心配してくれなかったんですかぁ〜?」
ちょっとしたからかいだったのだが、美汐は思いっきり反応してくれた。
飲んでいたお茶を吹き出さんばかりに動揺し、その顔が紅く染まる。
「そ、そんな酷なことは無いでしょう! それよりも、騒がしいのがお嫌ならこれからは風邪なんて引かないように気をつける事です」
「あぁ、努力はするさ」
なんの努力かは知らないが。
とぼけるように肩をすくめた祐一に対して、美汐は小さくため息をつき……そして小さく笑った。
「……まったく、仕方のない人ですね」
その声があんまりにも優しくて……祐一はドキリとした。
忘れていた昨日の夜の出来事。あの優しい子守歌の主は誰だったのか……。
「天野、ちょっと聞くけど……昨日の晩、俺の部屋に忍び込んでこなかったか?」
「……いえ?」
「それじゃあ、誰か他に俺の部屋に出入りする奴を見なかったか?」
「夜は一度も真琴の部屋を出ていませんので……何かあったんですか?」
「いや、分からないならそれでいい」
どうやら美汐では無いようだ。あぁいう古風な子守歌を歌うのは彼女か、と思ったのだが。
「そうですか。あ、そろそろ二人を起こしてきますね」
「おいおい、まだ七時にもなってないんだぞ? ちょっと早すぎないか?」
「真琴には早く起きる習慣を付けて欲しいですから。もちろん栞さんにも」
「それなら是非名雪の方を頼む」
「そんな酷な事、無いでしょう」
なんて、酷い事を言い残して美汐はリビングを出ていった。
「名雪に早起きさせるのは、もはや誰にも不可能な事なのか」
「無理なんじゃない? あの子のは、一生かかっても治りそうにないわよ」
祐一のため息のような呟きに、聞き慣れた声が返ってきた。
「経験者はかく語るってやつだな。おはよう、香里」
「おはよう、相沢君」
美汐と入れ替わりに、美坂姉妹の姉、香里が顔を出してきた。
「相沢くん、もう大丈夫なの?」
「あぁ、熱も引いたみたいだ」
「どれ……」
スッと香里の細い腕が伸びてくる。
あっ、声を上げる間もなく、祐一は自分の額に彼女の柔らかい掌の感触を感じていた。
ほんのりと暖かくて、とても心地良い感触。それは昨日の晩に感じたそれに似ている。
「ん。大丈夫みたいね。すごい回復力。もう微熱も残ってないわ」
「香里……」
「昔は栞がしょっちゅう熱をだしてたから。掌で検温するのに慣れちゃった。これでもなかなかの精度なのよ?」
「いや、そうじゃなくって……昨日の夜、俺の部屋に来なかったか?」
「え……」
瞬間、香里の表情が固まる。
あぁ、なんて分かりやすい表情なんだろう。
「え、えっと……その……それは……」
「香里、やっぱりおまえが……」
「やっぱりお姉ちゃんも行ってたんじゃないですかっ!」
祐一がさらに問い詰めようとした時、突然怒声が響いた。
登場してきたのは香里の妹、栞。
「へ? お姉ちゃん、も?」
「そうです! あ、祐一さん。おはようございます」
「ん、おはよう」
「お姉ちゃん……自分は行ってない。ただトイレに行っただけ。なんて嘘ついて! 他の人みたく祐一さんの部屋に忍び込んでたんです!」
「他の人もって言う事は、もしかして……俺の部屋にみんな入ってたのか?」
「見てはいませんけど……状況を考えれば答えは明白です」
なんじゃそら?
だが、それとは別に事も無げに自分のやった事を自白する栞。
なんというか、グッバイマイプライバシー♪ って感じだった。
「それで、俺の部屋に忍び込んで何しようとしたんだ? 夜這いか?」
「違います! ただ、祐一さんの事が心配でしょうが無かったんです!」
「……ホントにそれだけか?」
「……寝顔、可愛かったですよ♪」
頬を赤らめながらも、親指をグッと立てる栞。なかなかどうして、底の見えない壊れっぷりだ。
「で? 香里は?」
「わ、あたしも……それだけよ」
もじもじと視線逸らしながら告白する香里。妹よりも姉の方がよっぽど純情なのが、この姉妹の不思議なところだった。
「ふぅ。それじゃあ、おまえ達も違うようだな」
「……何が違うの?」
「って、おぅおぉっ!? 舞っ、何時の間に!」
「あはは〜、さっきからここにいましたよ〜」
「おはようございます。倉田先輩、川澄先輩」
「おはよう。で……何が違うの?」
無表情ながらも威圧感のある視線に押されて、祐一はぐっと詰まった。
まだ起き抜けなのか、重たそうに薄く開いているだけの瞼が、余計に人相を悪くしている。
もっとも、本人はまったくその事に気がついてないのだろうけど。
「いや……ちょっとな」
「何?」
「実は……その、昨日の晩、急に目がさめちゃったんだけど、その時に誰かが枕元で子守歌を歌ってくれたんだ」
「子守歌……?」
「そう。優しくて、暖かい子守歌。あれのおかげでゆっくり寝ることが出来たんだ。でもそれが誰だったのか、俺はすぐに眠っちゃって分からなかったんだよな〜」
昨晩の出来事はほとんど記憶には残っていない。だけどその霞んだ記憶の中にも、たしかにその心地よさは残っていた。
一日中寝ていて、もうあまり眠くなかったはずなのに、まるで吸いこまれるように眠りについてしまった。
「あれは……誰だったのかな?」
「む〜、祐一さんってマザコンなんですか?」
「ぶっ!!」
何故か不満げな栞のツッコミに祐一は想わず吹き出していた。
「違う! ただ……誰が俺のために歌ってくれたんだろう? って気になるじゃないか!」
「いい歳こいた男が、子守歌を歌って貰って喜んでるなんて、マザコンの証拠です! 変態ボンバーです!!」
「うるせ! そんなんじゃ無いんだよ!」
とはいえ、まったく全てがそうではないかと聞かれると答えかねる。男は概ね母親に対してなんらかの感傷をもっているものだから。
と、これは口には出さず、心の中で呟く。
「なになにぃ? 何の騒ぎ〜?」
嫌なタイミングで嫌な奴が現れるもんだ……祐一は思わず苦笑してしまった。
朝からハイテンションの叫びと共にリビングに顔を出してきたのは、当然真琴だ。
「おっはよ〜! あ、祐一っ、風邪治ったの?」
「治った、治った。治ったけど、あんまりうるさくしないでくれ」
「なによ〜! 心配して上げてるのに〜!!」
「心配してくれるのは嬉しいが、夜中に勝手に部屋に入ってくるなよ」
そう言った瞬間、ゲッと真琴の表情が歪んだ。
「なんで知ってるのよ! まさかあの時起きてたの!?」
「起きてたら困るような事したのか?」
冷や汗一つ。真琴には前科があるだけに恐ろしい。
だが予想とは裏腹に、真琴は顔を赤らめてリビングから出ていってしまった。
「なんだ……その反応は余計に気になるぞ」
「真琴も女の子なんですよ」
「答えになってないような気がするんだが……。ところで天野、おまえ嘘をついたな?」
「ついていませんよ。私は少なくとも部屋から出ていません。だから相沢さんの部屋に出入りしている人を見ることは出来ません。……知ってはいましたけど」
うわっ、嫌な答え方だぁ。
最近の天野はたまに嫌味になることがある。悪意があるわけではなく、ただからかっているといった感じなのだけど。それだけ元気になったという事なのだろうが、以前の彼女とは違っていて時々面食らうことがあった。
「ふぅ……いったい誰なんだろう……」
「秋子さんじゃないの?」
「それじゃベタだ」
「何がよ……」
訝しげに首をかしげる香里。だが残念ながら、秋子さんオチは許されないのだ。
「それで? 舞と佐祐理さんはどうなんだ?」
「……私も入った」
「あははーっ、佐祐理も入っちゃいました♪」
なんか、部屋にカギが必要かなぁなんて、真剣に考えてしまう今日この頃。
一応男の部屋なんだから、忍び込んできたら間違いが起こっても文句言えないぞ。
「でも、佐祐理は子守唄は歌ってませんけどね〜」
「……私も」
「舞はともかく、佐祐理さんも外れか……だとすると後残ってるのは名雪だけか?」
だが、あの眠り姫が夜中に起きてくるとは考えがたい。
「香里、オマエ名雪と同室だったよな?」
「そうよ」
昨晩、香里は名雪の部屋に寝ていたのだった。
「名雪は部屋から出なかったか?」
「知らないわよ。あたしが相沢くんの部屋に行ったのも結構遅い時間だったけど、その時には当然、名雪はぐっすり眠っていたし」
という事は、名雪自身が起きてくるまでまだ分からないという事か。
と、そこでタイミング良く、秋子の声が聞こえてきた。
「祐一さん。お粥出来ましたよ」
「わぉ、ありがとうございます」
取りに行こうかと思ったら、リビングまで持ってきてくれた。
体が弱っている時にはこういうちょっとした優しさが嬉しい。
一人用の土鍋の中で真っ白な白いお粥が湯気を立てている。
その横には梅の果肉が添えられていた。
「皆さんの分は今用意しますからね」
「手伝いますよ〜」
七人分の朝食を用意するのは大変だろう。佐祐理が手伝いに名乗りをあげた。
他の少女達も次々に名乗りを上げたのだが、キッチンの大きさを考えるとあまり多すぎても邪魔になるだけなので諦める。
そんな光景を横目で見ながら、一人風邪ひき少年の祐一は気楽に、
「いただきま〜す」
と手を合わせた。
「ハフハフ」
レンゲの上で少しだけ冷まし、口に入れる。
う〜熱くてドロドロしてる〜……って、なんかこの言い方はヤバイ。その上、白いし。
かなり良い米と水を使っているようでシンプルだけど結構美味しい。添えられた梅肉も美味いし、ホンの少しだけ感じる塩気も良い感じだ。
「あ〜! 祐一だけご飯食べてる〜!!」
「なんだ、復活したのか?」
さっき赤い顔で逃げていったはずの真琴が帰ってきた。
「せめて飯食い終わるまでは帰ってきて欲しくなかったなぁ……」
「なによぉ!」
キーーーーッ! と威嚇してくる真琴。
その姿は猿の様だった。
犬科のくせに。
「ところで真琴……おまえも俺の部屋に入ってきたんだよな? 他に誰か見たか?」
「名雪なら部屋に戻るとき見たわよ。幽霊みたいにフラフラと自分の部屋から出てきたもの」
「え? 真琴ちゃんが部屋を出たのってあの時……私が夜中目を覚ましたときですよね? あれって随分遅い時間だったけど……名雪さん起きてたんだ〜」
「って事は、名雪も俺の部屋に来た可能性アリってか」
寝惚け名雪がそんな事をするのかどうかは知らないが。
栞の言う通りなら遅い時間だったという事だが、もしかしたら昼まで起きてこないかもしれない。
「そういえばヒンヤリ君が冷たかったけど、アレって誰が変えたの?」
真琴の言うヒンヤリ君というのは額に張る「熱さまシート」の事だ。ヒンヤリと冷たい感じが長時間――たしか約八時間――続くので、風邪の時の熱さましだけではなく夏場の納涼にも使え、真琴が酷く気に入っていた。
「あ、それならあたしね」
そう言ったのは香里だった。
「前のもまだちょっと冷たかったんだけど、あたしって、そういうの気になるタイプだから……」
「そっか……いやカオリンは、良いお母さんになるだろうな」
「な、なっ!?」
祐一の不用意な発言に、香里の顔が熟れたトマトみたいに真っ赤になり、周りの他の少女達の顔に衝撃が走る。
しかしそんな少女達の気持ちなど欠片ほども気づいていないようで、祐一はお粥の制覇を目指してレンゲを動かした。
動かしながら、頭の中で整理していく。
そういえばあのまどろみの中で、あの子守唄の主の手は額に触れていたような気がする。
「……ん?」
今更ながら、祐一は気がついた。
朝起きた時、ヒンヤリ君は貼られていなかったではないか。
これはつまり、あの子守唄の主が剥がし、そのまま張らずに持って行ったという事になるのだろうか。
だとすると……
「う〜、朝はおはようだよ〜」
「なにぃっ!?」
先ほど以上の衝撃が、リビングに広がった。
あの何をやっても起きない眠り姫の名雪が、自分から起きてきたのだから。
しかも時間は……、
「七時だと? 壊れてるのはどっちだ? この時計か? それともこの世界そのものか!?」
「起きないから奇跡って言うのに……驚きです」
「う〜、なんか酷いこと言ってるよ〜」
「言葉通りよ。信じられない……」
それぞれの驚き様はけして大げさではない。それくらいの前科をもっているのだ、名雪は。
「祐一が心配で、はやく起きちゃったんだよ〜」
「そりゃありがたい。だったら学校のある日も毎朝心配してくれ」
「う〜う〜」
壊れたサイレンかオマエは。
とは言え、心配してくれる気持ちはありがたい。
「それで? オマエも俺の部屋に忍び込んだのか?」
「えっ!?」
はい、ありがとう。
分かりやすい反応で、手間が省けます。
「オマエが入ってきたのはいつ頃だ?」
「なんでそんな事聞くの?」
「いや、ちょっとな。今現在子守唄の主を捜索中だ」
「わたしじゃないよ〜」
言うと思った。
なんとなく気づいていたことだが、どうやら子守唄の主は自分から名乗り出る気はないらしい。
誰だか知らないが、殊勝なこった。
「それって、わたしじゃなくって倉田先輩じゃないのかな?」
「なんで?」
「だって……倉田先輩も祐一の部屋に行ってたみたいだから……」
「あぁ、そうらしいな。ってか、みんな俺の部屋に着てたみたいだぞ」
「えぇっ!?」
祐一のため息混じりの言葉に、名雪は一瞬「げっ」という顔をした後、ム〜と唸り始めた。
なあにがしたいんだかさっぱり分からない。
「それにしても、ホントに結構遅い時間よね。あたしが寝ついた後なんだから……」
「香里はいつ頃まで起きてたんだ?」
「たしか一時過ぎまでじゃないかしら? 相沢君の部屋に行ったのが……」
「十二時前ですね」
確か最初に熱さまシートを貼ったのが昨日の朝、八時くらいだったと思う。となると……計算はだいたいあってるか。
「で、その後に真琴が来たってワケだ。あ、そういや舞は?」
「……私は夕食の後すぐだから」
皆がお風呂に入る順番を真剣に論議している時に……と舞。
「そういえば川澄先輩だけ、あの時席を外しましたね」
意外とずる賢いなぁと祐一は苦笑した。
舞のことだから他の連中と違って変な意図は無いと思うが……。
「で? 名雪は何してたんだ?」
「だから、心配だったんだよ〜」
「いや、そうじゃなくって。何をしていたんだって聞いてるんだ」
「……」
沈黙しやがった。
こういう奴が居るから恐ろしい。
「ご飯の準備が出来ましたよ〜」
「あ、ご飯だよ〜」
実にタイミング良く、キッチンから佐祐理さんの呼び声がかかり、名雪はさっさと逃げていってしまった。
「それじゃ、ご飯にしましょうか」
「じゃね〜、祐一」
待ってましたとばかりにピョンピョン跳ねて行く真琴を先頭に、リビングに居た少女達はゾロゾロとキッチンへと向かって行った。
リビングには祐一が一人ポツンと……
「アレ? 秋子さん?」
いや、一人ではなかった。いつのまにか、秋子がすぐ傍に着ていたのだ。
「お盆、下げに来ました」
「あ、どもすみません」
すでに空になっていた土鍋の乗った盆を、秋子に渡す。
その途中で、ふと思い立ち、祐一は質問した。
「さっきの話……秋子さんは分かりました?」
「えっ……?」
きっと聞こえていただろうなぁ、という想像で質問してみたのだが正解だったようだ。
困惑の表情……それで、祐一は気づいた。秋子が謎を解いていると言う事に。
「秋子さんは分かったんですね? すごい! 俺はぜんぜんわかんないのに……ヒントくださいよ」
「それは……」
秋子は困ったように少しだけ顔をしかめた。
「お願いします!」
秋子はさらに迷っているようだったが、祐一に根負けしたのか口を開いた。
「それでは一つだけ。確かに全員それらしい事を言っていて分かりづらいかもしれませんが……あの子達の中で、祐一さんに嘘をつく必要があるのは、子守唄を歌ったその人『だけ』なのではないでしょうか?」
「……ぁっ!」
「誰か……分かりましたか?」
「……あぁ……はい」
なるほど。祐一は頷いた。
全てが……というわけではないが、ほとんどの事は分かった。
要するに……そういう事なのだ。
「お母さん〜? 何してるの? ご飯冷めちゃうんだよ〜?」
「はいはい。今行きますよ。……それじゃ、祐一さん。失礼します」
「はい」
「……あの、祐一さん。必要なことは、”誰か”なのではないと思いますよ?」
秋子がキッチンに消え、祐一は本当に一人、リビングに残された。
テレビでもつけようかと思ったが、それも止めておく。
キッチンから聞こえてくる少女達の楽しげな声のほうが、今の祐一にとって必要なものだったから。
秋子の言う通り”誰か”が重要な問題なのではない。
”犯人当て”になんてなんの意味があるのだろうか?
そうだ……重要なのは”何故か”なのだから。
(俺って……幸せ者だよなぁ……)
なんだかんだ言っても、心配してくれる人がいるって言うのは、本当に嬉しいことだ。
面と向かってだと、何故か恥ずかしくて言えないけれど……本当にありがたかった。
(あぁ……そっか)
子守唄の主も、きっと恥ずかしいのだ。殊勝とかそんなんじゃなくて、ただ気恥ずかしくて言い出せないだけ。なんて、祐一は気づいた。
祐一は一旦苦笑した後、聞こえない程度の声で言った。
「サンキュ」
キッチンで食事を取っている六人の少女と、子守唄を歌ってくれた恥ずかしがり屋の『彼女』に向かって――――
了
あとがき
風邪のときに看病してもらえると言う事はありがたいことです。
雨音は一人暮しではありませんが、親が家にいない時間が多いので、風邪ひくと大変です。
…気楽って言えば気楽かもしれませんけど♪(ぉ
さて、このSSは一応”犯人当て”っぽく出来ているのですが……
皆様は誰が「子守唄の主」なのか分かりましたでしょうか?
前提条件としては秋子さんの言った「犯人以外嘘はつかない」の他に、
1.犯人が部分的に嘘をつく(部屋に行ったことは認め、子守唄を歌ったことだけは嘘をつく)という事はありません。
2.いかなる人物も二度部屋へ入ったと言う事はありません。
3.地の文に虚偽はありません。ただ、祐一の台詞には祐一の勘違いがあるかもしれません。
が、挙げられます。
……と、実際にはこれだけで真実に辿り着くのはキツイかも(苦笑
一応解答編を貼っておきます。
解答編
ま、実際には深く考えず、普通のSSとして楽しんでもらえれば幸いです。
個人的には真琴のキャラを可愛く書けたつもりなので、実はそっちの方が重要だったり(笑