あるマンションのリビング。
 一人の少女がテレビの前に、ちょこんと正座していた。

 彼女は熱心にブラウン管に見入っている。

 と、おもむろにテーブルに向かうとサラサラと何かを書き始めた。

 彼女の名は川澄舞。
 今年高校を出たばかりの18歳である。








『ぱんだ?』








 その日の夕食は鯵の塩焼き、若鶏の唐揚げ、ナメコのみそ汁。佐祐理の手作りだ。

「・・・・・ご苦労様です」

 祐一は別に他意もなくそう呟いた。

 佐祐理が料理当番の日は、時々人数を忘れてしまうのか、信じられない量が食卓に並ぶことがある。 

「あははー、ちょっと頑張りすぎましたねー」

 今日は、“当たり”の日であった。
 鶏肉が安くて、“つい”買いすぎてしまったらしい。
 まあ、舞の変わった料理や、祐一の夜食のような出来合いのものに比べると全然被害はないのだが。

「・・・・・・大丈夫。祐一が全部食べるから」

 さらりととんでもないことを良いながら、舞は唐揚げに手を伸ばす。

「こら、まだだぞ」

 祐一の言葉に、舞は表情を変えずに振り向いた。

 ・・・・・祐一と佐祐理にはわかる。瞳の奥には“なぜ?”の色。

「いただきます、だろ?」

 姿勢を正して、一礼する。

「・・・・いただきます」







 その食事中のこと。


「祐一」
「ん〜?」
「・・・インターネットってなんだ?」

 突然、舞はそんなことを呟いた。
 祐一も佐祐理も、一瞬呆気にとられた。 

「は?」
「はい?」

 二人の声が見事にハモった。
 祐一は思わず聞き返した。

「舞、それはどーいう意味だ?」
「・・・・そのままの意味」
「やり方が分からないってことか?」
「・・・・・・」
「まさか、今まで存在を知らなかったんじゃないだろうな?」

 舞は箸を止めない。鳥の唐揚げに手を伸ばす。

「・・・・美味しい」
「・・・・・ホントに知らなかったのか・・・」

 祐一は全身から力が抜けるのを感じた。
 この時代にまさかまったく知らない、いや、“聞いたこともない”という反応を示す人間がいるとは思わなかった。どんなヤツだって1日1回は聞いてそうなものだ。
 舞がこれまで、いかに世間に関心を向けてこなかったかが想像できる。

「あはははー、舞らしいですねー」

 エプロン掛けのまま食卓についていた佐祐理は、のほほんとした調子でこぽこぽと急須にお湯を注いでいる。

 こりゃあ、これからが心配だぞ。
 これまでの付き合いが少々異常だったこともあって、“舞の常識”がどの程度なのか想像もつかないのも無理はなかった。

 祐一はこの先の苦労が思いやられる。

「舞はやってみたいの? インターネット」

 ちょっと考えてから、舞は首を縦に振った。
 そしてまた、料理に視線を落とす。

「まさかとは思うが・・・教えて欲しいのか?」
「・・・・・」
「・・・・・(ニコニコ)」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・(ニコニコ)」
「・・・・・(汗)」
「・・・・・」
「・・・・・(ニコニコ)」
「・・・・・(汗)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かなり」

 つ、疲れる・・・・・・・・・。
 上乗せされた疲労感。
 教えるってモノでもはないと思うが・・・。

 舞とは対照的に、祐一の箸はとたんにその速度を落とす。

「しかしなんでまたインターネットなんだ?」
「・・・・・・・・テレビでやっていたから」

 視線はテーブルに向いたまま、今度は鯵の塩焼きをほぐしはじめた。

「しかし、パソがないとどうしようもないしなあ」

 まだ入居して数日、荷物も全て開封したわけではない。とはいっても、それらしいモノは見かけた記憶もなかった。 少なくとも、祐一は自分のパソコンなど持ってはいない。

 だがその問題は、次の佐祐理の一言で解決された。

「あら、言いませんでしたっけ? わたし持ってきてますよー」
「そうなの?」
「ええ、まだ備え付けてはいないんですけど、常時接続の契約まではすませてます」
「・・・・・」

 舞も湯飲みを両手で抱え、“ほっこり”している。
 ただ、瞳は何かを期待していた。

「じゃあ、準備しましょうか。祐一さんも手伝ってくださいね」

 その時はじめて、祐一は気がついた。
 料理が残っているのは自分の皿だけだということに。








「・・・・・これがいんたーねっと?」
「違うって」

 ちょっぷ。

「・・・・・いたい」

 早速これか。パソ指してそれはないよな。
 なぜか祐一は、何年も会ってない祖母のことを思い出す。

「さ、舞。このスイッチを押してみてください」

 佐祐理の言葉に従い、舞がスイッチを押すとパソコンは起動を始めた。

「実はちょっと恥ずかしいんですけど」

 佐祐理は別に恥ずかしそうもなくそう呟く。
 しばらくすると画面には、一枚の写真が現れた。
 祐一は顔が綻ぶのを自覚した。

「はは・・・佐祐理さんらしいな」
「・・・・これ、この前の」

 そこには3人が写った写真。
 膝を屈めた舞を中心に、左に祐一、右には佐祐理が立っている。

 動物園で、熊のオリをバックに3人で撮った写真だった。

「はは、やっぱり恥ずかしいですねー」











「・・・・・とまあ、こんな感じだ」

 祐一は実演を交えながら一通り説明した。

「使うだけなら、別に詳しいことを知らなくても何とかなる筈だ」

 やってみな。
 そういって舞にマウスを握らせる。

「・・・・・・」

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「・・・・・・・ふぅ」
「・・・・はは」

 なんとなくそんな気はした。ただ、誰も口を利かなかっただけだ。

「・・・・祐一」
「・・・・なんだ?」
「・・・・・わからない」
「わかろうとしてるかが問題だな」

 流石の祐一もこう言うほかにはない。
 キャスター付きの椅子に座り、表情を変えることなく、かれこれ30分もの間、舞はただ“それ”を見つめていた・・・・・・。

 ちゃんとキーボードもマウスもあるし、スキャナにプリンタなど周辺機器も一通り揃っている。使うに関して不自由はない。

 自作機で、佐祐理はかなりモノものようだ。居並ぶアイコンの可愛らしさにも、彼女のこだわりが感じられる。

「・・・・努力はしている」
「そうは見えないが・・・・」
「・・・これ、可愛い」

 指した指先には猫のアイコン。前足で顔を洗っている。

 ・・・ガックリ・・・

 仕方ない。祐一は矛先を変えることにした。

「舞は何が知りたいんだ?」

 当初から抱いていた疑問。
 そもそも、何故舞はインターネットに興味を持ったりしたんだろうか。

 舞は何も言わない。
 代わりにごそごそとポケットをあさると、一枚の紙切れを取り出した。
 そこにはこう書いてある。

『動物園がパンダさんの映像をいんたあねっとで流すらしい』

 綺麗な字。なかなかに達筆だ。

 だがそれは・・・・・筆で書いてあった。

 ・・・・・・なぜ?

 しかも、内容に参考になるポイントがない。

 ・・・・・。

 とにかく興味が湧いた理由は分かった。

「・・・・・パンダさんが見られるらしいから」







 祐一は、とりあえず“パンダ”を検索にかけてみた。

「・・・・・・・どうですか?」

 佐祐理の問いかけに、祐一は無言で首を振った。
 検索結果にため息が出る。

 ・・・・・・130,000件以上。

 予想はしていたが、やはり条件がこれだけでは洒落にならない。

「ほかに何か無いか?」
「・・・・・?」
「条件だよ。パンダの名前とか、いる動物園とか」
「・・・分からない。ただ・・」
「?」
「・・・・生のパンダさんが見られるらしい」
「生中継ってことか」

 こくん。
 舞は頷いた。















「・・・・・だんだん分かってきた」
「そうか・・・・それはよかったな」

 夜も11時を回る頃になって、舞は大分慣れてきたようで面白そうにクリックの感触を楽しんでいた。

「ここまでかかるとは思いませんでしたねー・・・・・あふ・・・はは、ちょっと眠たくなっちゃいました」

 佐祐理は小さく欠伸をする。

「祐一さんもそろそろおやすみになった方が・・・・」
「ああ、もう寝るよ。遅刻したら名雪や秋子さんに何言われるか分からないし」

 水瀬の家を出るに当たって秋子さんが出した条件は一つ。

 遅刻はダメですよ。
 ジャムを片手に、笑顔でそう宣ったものだ。

 ・・・・・・・。

「じゃ、佐祐理もそろそろ寝ますねー」
「舞も明日にした方がいいぞ」
「・・・・・・・おやすみ」









 次の朝、祐一と佐祐理が見た光景は、昨夜のものと殆ど変わらなかった。
 パソコンの前に舞が座っている。だた、二つのことが違っていた。


 一つは・・・舞は眠っていた。
 もう一つは・・・ディスプレイの画像。

 白と黒の色彩が、

 木に登り、
 タイヤと戯れ
 ササをはむ。

 その一つ一つが見えるかのように、舞の寝顔は幸せ一杯であった。

「幸せなヤツ」
「舞、可愛いですねー・・・・子供みたいで」

 射し込む朝日に目を細めながら、今日は良い日になりそうと思う二人だった。




 終わり