[PR]生年月日で2010年占い鑑定:初回無料!貴女の運命運勢を占う
ソラ
「 空 の境界 〜 the Million Stars, and Dreams...」
04/
――――彼と初めて出会ったのは、五年前のある月の夜だった。
連続殺人事件の影響で人気が全くない公園の中、ジャングルジムの上に腰をかけて空を見上げているその姿に、私は一目で恋をしたのだ――――
「世間様は私のことを快楽殺人者なんて思ってるかも知れないけど、それは大きな間違いなのよね」
言いながら、私は相手の胸の一点につま先を当てた。
それだけで腰をついている相手は立ち上がることも、横に逃げることも出来なくなる。
人間は二足歩行であるが故に常に身体のバランスをとっていないといけない。とくに、立ち上がる瞬間などは。
二足歩行で歩け、踊ることもできるロボットが、いまだに人間と同じ立ち上がり方を出来ないで居るのは、それが非常に難しい行為だからだ。
だから私がつま先を当てるだけで、その立ち上がる瞬間の難しいバランスは簡単に崩れてしまう。
そしてバランスが崩れてしまえば、人間なんてブリキのロボットと同じだ。動くことなど出来ない。
……そんな行為を無意識で行いながら、私は言葉を続ける。
「私は殺人に快感を感じていない。快感どころか何の感情もわかないのよ。人を殺す行為そのものが私の目的であって、その後にも先にも何も求めないの。……っていっても、どうせこの感覚はあなたのような普通の理性を持った人間には分からないわ」
黒桐君と会った事で気分が高揚しているのか、言葉が止めどなくあふれてくる。このまま朝まで話し続けていたいほどに。
だけど……気がついたら、さっきまでは必死に逃げ出そうとしていた相手の反応が、徐々に弱まって行くのを感じた。
致命傷は与えてはいないが、やはりこの状況では希望とやらも薄れてきてしまうのだろう。
「……個人的には、もう少しお話がしたかったんだけどね。まぁいいわ。最後にお願いが有るんだけど……私の名前を聞いて」
「う……」
「ねぇ、聞いて。私の名前を」
「…………」
「ねぇ」
「……あ、あなたは、誰、ですか……」
「織。私の名前は両義織よ」
ナイフを振り下ろす。肉厚のナイフは容易く頭蓋骨を貫き、相手の脳天に垂直に突き刺さった。
その一撃で、先ほどまでは活動していた人間が動かなくなる。もう、二度と。
それはどんな言い訳も通用しないほどの、殺人。
だけど、だからどうだというのだ。
私は、紛れもなく本物の殺人鬼なのだから。
「そうよ。私こそが両儀織よ―――」
月の見えない空に向かって、私は吠えた。
――――両儀式という少女について、その学校で知らない者は居なかった。
いつも着物を着ていて、いつも遠くを見つめていて、いつも一人きりの少女。
その姿は、近頃のガキが猿のように何の考えもなく騒いでいる「個性」なんて目じゃない。
本当に、ただ一つきりの存在感。
たった一人の両義式。
だからその時も見間違うはずがなかった――――
夜。しかし街灯や民家の明かりの所為で闇の中ではない。
街はそろそろその活動を終えようとしている、そんな時間。私は公園に立っていた。
「あなた―――」
声をかけて、私は自分で戸惑っていた。それまで彼女とは一度たりとも……授業中以外には……話した事がなかったのに、なぜその時に限って声をかけていたのか。
だが一度出してしまった声を引っ込めることは出来ない。
すでに両儀さんはこちらに気づいてしまっているのだから。
「………」
無言でこちらを見つめる瞳。だけどそれは授業中の彼女のようなまるでこちらに無関心な遠い瞳ではなく、未知の物に遭遇したときの小学生のような興味津々の瞳だった。
その事に戸惑いつつ、私は口を開く。
「あの……両儀さんよね?」
「……あんたダレ?」
正直に言おう。
……場違いなことに、私はショックを受けた。
確かに、自分は目立つタイプの人間ではないし、あの学校に赴任してきたのも今年の事だ。
だが少なくとも自分の受け持つクラスの生徒の顔と名前は覚えようとしたし、生徒達にも同じように覚えてもらえるように努力した。
おかげで生徒からは、翠ちゃんと呼ばれるほどに親しくなったのだ。……いや、舐められてるだけなのかも知れないけど。
とにかく、私は生徒達の知名度にはちょっと自信があったのだ。
「狭間翠。英語教師よ。いちおう、あなたのクラスも担当しているんだけど?」
「あぁ、ガッコのセンセか。悪いね、興味ないんで全然覚えてなかった。そういえば、式にはそんな記憶が有るみたいだ」
ヘンテコな答え方だった。
両儀さんは他人を寄せ付けない頑なさの割に、その年代の中では紛れもなく最も礼儀正しい少女だった。愛想を振りまいたり、協調性を発揮することは一度もなかったが、誰よりも美しい日本語を使っていた。日本語が専攻ではないけど、いちおう語学に携わる私が言うのだから間違いない。
不必要なくらい敬語や丁寧語の類を使うのではなく、しかし汚らしい言葉は絶対に吐かない。
そんな彼女は、着物を着ていることもあってか、まるで時代劇に出てくる武家の娘のような印象だった。
だけど今はどうだ? まるで少年のようなその口調は、どう考えても私の知っている両儀さんとは違う物だった。
「あなた……両儀式さんよね?」
馬鹿な質問―――だけど返ってきた彼女の反応は予想外の物だった。
「アハハ! コクトーと同じ事を聞くんだな、アンタ」
「え、え?」
「両儀式以外の誰に見える?」
「そ、そうよね……ごめんなさい、変な質問して。でも普段はそういう話し方なの? 学校とはだいぶ違うわね」
「俺の時はこういうしゃべり方だよ。式はこんなしゃべり方絶対にしないけどね」
……どういう事?
「簡単に言えば多重人格って奴だよ。俺の名前は織。織物の『オリ』で『シキ』。普段は式が表に出ているから俺は寝てるけど、最近はたまにこうやって俺も出てこれるようになったんだ。それだけ俺と式がズレちまったって事なんだけどな」
驚いた。多重人格という存在は前々から知っていたけど、実際に目にしたのは初めてだったから。
「あなたは……式さんじゃないのね?」
「何言ってるんだよ。両儀式さ。俺は織だけど、式と織は同じなんだ。ただ優先順位が違うだけで、両儀式は一人きりだよ」
「……それって多重人格って言うのかしら?」
「多重人格って言うのはこういうもんだろ? 多数の人格があるだけでその器は一つきりだ。両儀式の中に両儀式じゃない人間が居るわけないだろ」
「う〜……そういわれればそうなんだけど」
「おかしな人だな、アンタ」
アハハと爽快に笑う。自分の方がよっぽどおかしな人だというのに。
その日の会話はそれだけだった。
私はジャングルジムの上に座ったまま動かない彼を背に帰路へついた。
それ以外に、特別な出来事は何もなかった。
ただ、次の日の朝。
私は殺人事件が起きたことをニュースで知った。
――――自分という人間に違和感を感じたことはあるだろうか?
私には幼い頃からそれしかなかった。
私はアメリカのサンフランシスコ近く、サクラメントという場所で生まれた。親の仕事の都合だったと思う。
西部と言うこともあってか穏和な気風の街で、結構気に入っていた。
そこで十年間ほど生活し、その後日本に来た。
私の経歴の中で特殊な物と言えば、これくらいか。……今時帰国子女程度で特殊も何も無いかも知れないけれど。
その後は、ごく普通の小学校へ通い、ごく普通の日本人として生活してきた。
ごく普通な生活。ごく普通な日常。
だけど、その中で私は違和感を感じていた。
私という人間はどうしてこんなにも普通な世界に生きているのか……と。
人間というのは自分の中にある感情しか表すことも、理解することもできない。
子供は両親や周りの人間から優しい感情を一心に受けて育つ。それはとても大切なことだ。
狭間翠が初めて知った感情は、愛情だった。母親の胸に抱かれながら、人を愛する感情を受け取った。
だけど私は―――そのずっと前から知っていた。
殺意、という感情を――――
初めて会った次の日から、私は毎日彼女……いや、両儀式さんと区別するためにも彼と言うべきか……の所へ向かった。
彼は毎晩、同じ公園にいて、同じジャングルジムの上で空を見上げていた。
「空を、っていうよりは星をみてるんだよ」
「星座とかに興味あるの?」
「ううん。まったく。ただ見てるだけ」
なるほど、確かに星座を探して見ているというよりは、ただぼーっと眺めているだけという感じだった。
だけどその姿は、まるで今にも空に吸い込まれてしまいそうな感じがして、怖いようなもっと見ていたいような、不思議な気分にさせてくれる。
「あなたは―――」
「先生は、詳しいの?」
「え?」
「星。星座について」
「あ、いいえ。私もさっぱりよ。知ってるのはオリオン座とか北斗七星とかそういう有名な奴だけ」
「オリオン座って夏だっけ?」
「さぁ? でも……なんにしてもこんな空じゃ見えそうにないわね」
二人で一緒に空を見上げ、苦笑する。
この街の空には星が少ない。街の明かりが強すぎて、等級の低い星は負けてしまうのだ。
おかげで見えるのはいくつかの星がパラパラとだけ。あとは気味の悪いほど黄色い月。
「嫌な、月……」
「先生は月が嫌いなんだ?」
「そうね……どっちかと言われれば嫌いと答えるかしら。だって、なんだか監視されてるみたいじゃない。……あなたは?」
「好きだよ」
少し、驚く。
何事にも無関心そうな彼のことだから、好きとか嫌いとかは言わないと思ってたのに……。
「だって、殺せないから」
「―――え?」
「月は殺せない。月だけじゃなくて、星も。俺じゃ手が届かないからさ。だから好き」
殺す? 彼はいま、殺すと言ったのか―――?
自分の耳を疑った。だけど私は耳も鼻も眼も良い方だし、殺すなんていう物騒な台詞を聞き違える筈がない。
「見ているのが好きなんだ。どんなに手を伸ばしてもけして届かない。だけど確かにそこにある。まるで夢みたいな、そんな世界を眺めてるのが大好きなんだよ」
「織……」
「先生、知ってる? あの空の向こうには、百万の星と、それと同じだけの夢があるんだ。見えてても見えなくても、輝いてても輝いてなくても。それは確かに、存在しているんだよ」
本当に、まるで少年のように、空を見上げながら彼は少し饒舌にそう語った。
そしてすこし間を空けた後、視線を下ろして私を見た。
その、瞳で。
「先生―――俺さ、人殺しなんだ」
「―――っ!?」
今度こそ、本当に驚いた。
彼は今、ハッキリと言った。人殺しなのだ、と。
「人を……殺したことがあるの?」
「無い。無いけど、俺は人殺しなんだよ。今は式が居るから……アイツがいて、アイツが殺したくないと言う意志を持っていてくれるから俺はなんとか俺のままで居られてるけど、最近はズレ始めてる。あいつの意志が届かなくなったら……俺は間違いなく人を殺す。自分の触れられる物、全てを殺してしまう」
それも、なんの目的もなく。ただ殺すことのみに純化してしまう。
彼は表情一つ変えずに、そんな事を言った。
その時の私の喜びは、単純に言葉では言い表せない。
ただ、涙があふれて仕方がなかった。
私はやっと見つけたのだ。
私のままでは届かない。私の夢を。
05/
殺人の後に、余韻はない。
ただ、黒桐君とあった事への『熱さ』はいまだに消えていなかった。
それはどう説明したらいいのか……。
おそらく、『恐怖』に似ていると思う。魂が震え上がるようなあの感覚は、本当に恐ろしい物だった。
(手が……勝手に動いていた……)
身体が、魂が、存在そのものが、黒桐幹也という青年を前にして止めようがないまでに燃え上がっていた。
ナイフが首筋に食い込む寸前でなんとか止めたから、彼は気づいていないだろうけど……本当に危なかった。
あんなところで、あんな簡単に殺してしまったのでは、今まで我慢してきた意味がない。
彼との決着は、相応しい場所でつけたいと思っている。なぜなら、私が完璧な私になるための大切な儀式なのだから。
(だいたい、あんな話をする彼が悪い)
レディと夜道を歩いているときに通り魔殺人の話題をふってくる黒桐君の無神経さに、私は苦笑した。
あぁ……何も変わってなかった。
くり抜かれた左目は痛々しかったけれど、本質は歪んでなんかいなかった。
一見弱々しそうで、世間に流されやすそうなのに、その本質は絶対に折れない、曲がらない一本の大木。
バカが付くほど優しくて正直者で、だけど誰にもない強さを持っている。そんな男性。
織が目を付けるだけはある。
それでこそ、私は――――
「ふむ……オマエが噂の殺人鬼か」
「っ!?」
突然後ろからかけられた声に、私は慌てて振り返った。
狭くて暗い路地裏の中、先ほどまでは確かに居なかったはずの女が、そこに立っていた。
――――まったく、気づかなかった。
信じられない。いつだって、どんな状況だって、常に周りには注意している。
誰かが近寄ってくれば、すぐに気づくはずだ。
だっていうのに、今、この女はここに立っている。
まるで闇から染み出してきたかのように。
(この感覚、以前にも……)
「あなた、あの黒いお坊さんの知り合い?」
「ほう、荒耶を知っているか」
「えぇ、随分前に私に近づいてきた男。両儀さんに私をぶつけようとしていたみたいね」
「オマエの後に、白純と会ったか。それとも白純の失敗に気づいてオマエを仕掛けたか。どっちにしろ荒耶め、随分手当たり次第やってくれたものだな」
「言っておくけど、私は断ったわよ。得体の知れないあんなヤツの策略に、のっかってやるわけがないでしょう」
あの黒い僧は私の目的を果たすための力を貸すという交換条件を持ちかけてきた。
……もちろん、そんなのはお断りだ。
「だろうな。アイツにまともな交渉術を期待する気にはならんさ。集まってくるのは愚か者ばかりで、まともなヤツは一人も居ない」
バカにするように、哀れむように、その女は言った。
女は胸ポケットから煙草を取り出した。その仕草はアメリカ映画の俳優のように鮮やかで、美しい。
「吸うか?」
「煙草は吸わない」
ついでに、お酒も好きではない。
女は、そうか、と呟くように言い、そして不意に空中で指を動かした。
ほんの数瞬の間、空中で女のしなやかな指がダンスを踊る。
ジジッ
女の指が踊った跡に光が灯る。文字のような、記号のような不思議な文様。
当たり前のように女がそれに煙草を触れさせると、いとも簡単に火がついた。
「―――魔術」
日本に来てからは久しく聞くこともなかったその言葉を、私は呟いていた。
子供の頃……アメリカにいた頃……住んでいた街にはその手の話に詳しい人が居て、私も幾度と無くそういった話を聞かされた。 魔術という物の存在。魔術師という者の存在。
「知っているわよ。一見すごい力に見えるけど、実質なんの意味もない。そう、魔術になんか意味はない。タネのある……ただの手品師じゃない」
「手品師、とは手厳しい。せめて学者、研究者と言って欲しいものだな。我々はいちおう概念や理念の研究も怠っていないのだから」
女魔術師はそういいながらも楽しそうに苦笑していた。
「だが、確かにこんな魔術に意味はない。火をつけるくらい、今はライターがあれば事足りるしな」
つまらな気に手を振り払うと、光の文様は消えた。
「結局、魔術には何の意味もないものが多い。いや、意味と言うよりは価値と言うべきか。わざわざ一回一回手順を踏んで『燃える』『印』を刻むより、ライターを使った方が遥かに効率的だ。だがね、それでも私はそれなりに気に入っている」
だから何だと言うんだ。
何が言いたいのか、それとも言いたいことは別なのか、さっぱり分からない魔術師に苛立つ。
「いったい、何の用なの」
「用か? 特別無いんだがな」
「用がないなら……」
消えて。そう言おうとした所に、魔術師の言葉がかぶってきた。
「オマエ……何故殺す」
「それって禅問答?」
いきなりの質問に、私は冷静に問い返した。だが今度は少し怒ったように、魔術師は返してきた。
「よせ。私は仏僧ではない。これは単純な好奇心だよ」
随分とくだらない好奇心だ。
「……ならあなたは、何故生きているの?」
「………」
「それと同じよ。生きていることに理由なんか無い。そして殺していることに理由なんか無い。あえて言葉に表すなら、そう―――そこに在るから」
私が此処にいて、相手が其処にいるのなら、殺し合うのが私の常識。
だが、こんな事を話したところで何の意味がある? 私は理解など求めてはいない。
こんな私を理解できる者などいるわけない。
「そうか……」
「そうかって、それだけ? 止めないの? あなたは敵に回るかと思ったけど」
「言っただろう。ただの好奇心だと。好きにすればいい」
本当にそう思っているのだろうか。煙草の煙を吐き出すその顔からは全く読めない。
「私はたくさん人を殺す。意味もなく」
「まぁ、そうだろうな」
「黒桐君にだって加減はしない」
「ん―――黒桐?」
もしかしたらその名前に心当たりがあったのだろうか、魔術師は少しだけ首を傾げた。
しかし、それも一瞬のことで、すぐに首を振って思考を振り払った。
「……まぁ、いいか。先ほど言ったとおり、オマエの好きにすればいい。私は魔術師だ。干渉しない。もちろん、私の敵になるならお相手するがね。ただ、此処であったのも何かの縁だ。一つ忠告しておこう―――私は心理学は専門外なのでね、オマエの心なんて分からないし、想像もつかないけれど……オマエ―――軋んでるぞ」
女魔術師は一人で言いたいことを言い終えると、後は興味を失ったかのようにあっさりときびすを返した。そしてそのまま何事もなかったかのように、来たときと同じぐらいの唐突さで消えていった。
残された、私。
「忠告? 軋んでいる?」
くだらない。なんて、くだらない。
「軋む心は狭間翠の心。でも、もうそれもお終いよ。私は、違うんだから……」
だけどきっと、その時の顔は笑えてなかった。
「模倣―――?」
パソコンのモニターに写し出されたその文字に、私は首を傾げた。
家に帰ってきた私はまずシャワーを浴びてすっきりした。あの女魔術師の言葉は、それこそ本当に魔術のように心に残っていたから、一刻も早くそれを洗い流したかったのだ。
その後、一人、部屋でパソコンに向かっていた。
特に意味があったわけではない。別に誰かとメール交換をしているわけでもなく、掲示板に書き込みをするわけでもない。ただテレビをあまり見ない私にとって最新情報の入手はインターネットくらいしかないだけだ。
今日も同じようにいつものニュースサイトを眺めていた私の眼に、先ほどの一文字がうつった。
『昨日起きた殺人事件は五年前、そして半年前に起きた連続殺人事件の模倣である可能性がある』
『凶器は同様にナイフ』
『深夜、路地裏での殺人で方法、状況は非常に似通っている』
『何らかの暗号か?』
『○○大学 人間科学部 香山教授はこの事件をこう分析して――――』
と、其処まで読んで私は息を吐いた。
「深読みしすぎよ」
模倣だなんて、言われるまでまったく気づかなかった。
今朝のニュースではそんな事一言も言っていなかったと思うのだけど……。もしかすると、警察も同様に考えているのかも知れない。だからわざわざ混乱を招かないように各マスコミに口を閉じさせたのだろう。
だとしたら随分と……
「取り越し苦労だわ」
件の事件……両儀式を追いつめた事件については私も良く知っている。
その事件の犯人はなにせ、私の学校の元生徒だったんだから。
白純里緒。唐突に退学したために実際顔を見る機会はほとんどなく、印象には残っていない。
「あんな奴と一緒にされるのは気にくわないわ」
世間では殺人鬼なんて呼ばれているけど、奴はそんな大層な存在じゃない。
くだらない起源覚醒者。麻薬に溺れ、狂気に溺れ、殺人を犯す自分に溺れた。そんなのはただの逃亡者だ。
そんな奴と一緒にされたくはない。
だが――――
「確か、黒桐君はあの事件に巻き込まれてるのよね」
彼の左目を穿ったのは白純だ。白純里緒と黒桐幹也、両者の間にどんな関係があったのかは知らない。白純の目標は両儀式だとばかり思っていたのに。だから見逃してやっていたというのに。
……まぁ、彼を選ぶ辺りまだ救いがあったか。
私は苦笑した。
黒桐君はつくづく頭のイカレた連中に好かれるらしい。
白純にしろ、両儀式にしろ、私にしろ……そして織にしろ。彼自身はあんなにも普通なのに、集まってくる者達は誰一人として普通じゃない。
「白純がどうしてあなたを求めるのか、私は知らない。だけど、一緒にして欲しくないわね」
私は逃亡者なんかじゃない。
私は―――あなたを殺す。
06/
「狭間先生」
「――――っ」
街を意味もなく歩いていた日曜日、不意に声をかけられて私はとても驚いた。
なにせ、その声をかけた相手がつい昨日の晩再会したばかりの黒桐君で、しかもその隣には――――
「両儀、さん……」
両儀式。間違いない。
淡い臙脂色の着物姿に鋭い瞳。学校で居るときと何一つ変わらないその姿。
黒ずくめの黒桐君と並んでいる分、余計に浮きだっていた。
「……奇遇ね」
「…………」
何も反応を返さない。何事にも興味なさそうで、こちらから近づいていってもあっさり無視する……。
だが、今日は少し違っていた。
鋭い視線はそのままに、私を射抜いている。
「先生はショッピングですか?」
「まぁそんな所かしら。あなた達は……デートみたいね」
そういうと、図星だったのか黒桐君はわずかに顔を赤らめた。
もう成人であるというのに、随分と初々しいものだ……彼だけを見るならば。
その隣の両儀さんは顔を赤らめるどころか、表情一つ変えず、ひたすら私を睨み付けている。
「どうしたの? まさか私がダレか分からないワケじゃないでしょうね?」
「……オマエ……」
「確かに今年度はあなたのクラスを受け持っていないけれど……」
「オマエ、血の匂いがするぞ」
「式?」
さすが、と言うべきか。
殺人に際して私が返り血を浴びることはほとんどない。別に取っ組み合いになって殺すわけでもないし、吹き出す血は浴びないように注意している。なにせ、そのままの姿で家まで帰るのだ。まさか身体を真っ赤に染める訳にはいくまい。
それに家に帰った後は、必ずシャワーを浴びている。嗅ぎ分けられるほどの血の匂いが残ってるわけない。
だが彼女はそれを認識した……。
両儀さんは私から黒桐君を遠ざけるように間に割って入る。
私は思わず大きく笑いそうになってしまった。
そんなこと、無意味。
たとえ彼女がどんなに守ろうとしても、それは無意味だ。
両儀式ごとき、私の敵じゃない。織を受け継いだ私と対抗できるのは、織だけなのだから。
……とは言え、
「今はやらないわ」
「何?」
「まさか、こんな所でやって黒桐君を巻き込みたいわけ?」
黒桐君にはぎりぎり届かない程度の音量で会話しながら、彼の方に視線を向ける。
あの夜は暗闇の中だったけど、明るい所で見るとやっぱり違う。
気づいたのはいつだったか。もうすでに覚えてはいない。
もしかしたら永遠に気づくことは無かったかもしれない。
彼が普通なんだって。
彼を知る多くの人が、彼のことを普通と呼ぶけれど、それとは違う。
彼は、『世界』の普通なんだ。
特定の場所、特定の時代でしか通用しない常識としての普通じゃない。世界の何処でも通用する当たり前としての普通なんだ。
ギシッ!
唐突に、心臓の辺りをジワジワと握りつぶされていくような激痛と嫌悪感が起こった。
まただ! 心が軋んだ。
黒桐君の事を考えていると、いつもたまらない高揚感と共に心が痛くなる。しかも今回のはこれまでよりも遥かに強い。
「狭間先生!」
突然、苦しみだした私を見て、黒桐君が慌てて駆け寄ろうとしたが、手でそれを制した。
今は彼に近づかれたくなかった。
この心がどこへ向かっていくか、分からなかったから。
だから、私は両儀さんへと視線を向けた。
「私は、彼を殺すわよ―――」
それだけ言うと、半場逃げ出すように私は走り出した。
これ以上、その場所にいたくはなかった。
だから、私は走った。いくつかの角を曲がり、人気のない路地を突き進んでいく。
吸水性のないコンクリートにたまった水たまりを踏み越えて、私は走った。
やがてたどりつく行き止まりまで。
――――違和感は年を重ね、そのまま恐怖へと変わる。
人は生きていくウチにたくさんの他人と出会い、たくさんの感情を経験する。
その中に、私の知る『それ』は無かった。
それどころか、『それ』を否定する感情があった。
違和感は、歪む。恐怖へと変質していく。
私は、おかしくなってしまったのだろうか――――
彼と出会って、もうすでに一月以上過ぎようとしていた。その間に私達はたくさんの事を話した。
最近あった事の話。コレまでの人生の話。
テレビや雑誌なんかの芸能系の話は全くなかった。彼がまさか興味のある話題だとは思わないし、私自身けして詳しくはなかったから。
私達の話題の中でも、最も多かったのはやはり二人に共通している話題。
殺人に付いての話だっただろう。
「私では……最高の殺人鬼にはなれないんじゃないかって思って……」
ある日、私は彼にそう言った。
「どうして?」
「分からない。ただ、今の私に、意味もなく衝動でもなく殺人が出来るかっていったら……たぶん出来ないと思う。ほら、もう四半世紀近く生きてきたじゃない? その間に現世のしがらみとかそういう色々な物を背負っちゃって……」
私はもうピュアなままの感情を持っていない。生まれたばかりの頃のような、あの強烈で、純粋な、透明の殺意。
目に映る物を殺す。というその意志のみの自分。
「だからあなたが羨ましい」
「俺が? 羨ましい?」
「だって、あなたは完璧な殺人鬼じゃない。両儀さん……式さんがいるからあなたは人を殺せない。だけど、あなた自身は何の汚れも負っていない」
本当に、美しいままの織。
私にはできない事をできるあなた。
だけどその当人は、
「先生。式はさ、壊れ始めてるんだ。きっと近いうちにコクトーを殺そうとする」
なんてよく分からないこと言った。
……彼の話すことはいつも唐突だ。しかも、内容に統一性がないから、いきなり突拍子もない話に飛んだりする。
今みたいな風に。
いちおう、コクトーという外国の詩人のような呼び名が誰を指すのかは、すでに分かっていた。
黒桐幹也。私の受け持つクラスの男の子。
彼はよくその黒桐君の話をした。アイツはこう言った。アイツとどこそこへ行った。
本当なら、嫉妬でもするべきなのだろうか? 私にはその辺りのことはよく分からなかったけど、黒桐君ならそれも良いかと思っていた。だから、唐突な「殺す」という言葉には驚いた。
「黒桐君を殺すの?」
「あぁ」
「どうして……」
「さぁ? 怖いから、じゃないかな? 俺にはよく分からないよ。前にも言っただろ、俺と式は最近ずれてるんだって」
怖いから、殺す。
それは当たり前の感覚。だけど、なぜ彼女が黒桐君を恐れるのだろう?
黒桐君は確かにどこか不思議な感じのする少年だけど、それでも両儀さんが恐れるような物は持っていないはずだ。
「でも、式はきっとコクトーを殺せない」
「殺せない? 両儀さんが黒桐君を殺せない? そんな訳……ない」
「無理だよ。式にはコクトーは殺せない。というか、きっと誰にもアイツは殺せないんだろうなぁ」
そういって、彼はとても楽しげに笑った。
なんというか、まるで特撮ヒーローに憧れる少年みたいな眼だった。
「……あなたでも?」
殺人する事しか知らない、純粋なる殺人鬼。
彼ならば、どうなのだろう?
……だけど、彼は答えてくれなかった。小さく笑って、
「なら、先生が試してみればいい」
「え?」
「先生が織になればいい」
「織に……なる?」
「俺はさ、たぶんもうすぐ消える。理由はないけど、そんな予感がするんだ」
彼には、悲しいとか苦しいとかいう感情は無いのだろうか?
あまりに自然に言うから、私は彼の言葉の半分も理解できないまま固まってしまった。
「だから先生。その後、織を名乗ればいい。先生には、その資格があると思う」
「……資格?」
私が最高の人殺しになれる資格……?
狭間翠を捨てれば、私は完璧な私になれる。
そうだ……狭間翠ではない自分に……織になれば、私は今の私を越えられる。
織に……殺人鬼『両儀織』になる。
「先生は、果たしてコクトーを殺せるのでしょうか」
下手くそな演劇口調で語る織。
「でも……何故、黒桐君なの?」
私はそう問いかけた。
だけど彼は、小さく笑って、
「いつか、わかるよ」
小さく呟いただけだった――――
いつか分かる。
彼はそう言った。
でも、私はいまだに分からない。
何故、黒桐君を殺すのか。
分からないまま、私はしかし限界に迎えようとしている。
心が、狭間翠の心が、悲鳴を上げている。
ギシギシと――――
イタイ。
クルシイ。
死んでしまえばいいのに。
狭間翠なんて。
私は……織なんだから。
「……見つけた」
もしかしたら追ってくるかも知れない。
そう考えていたとおりに、水たまりを踏みしめて路地裏に入ってきたのは、やはり彼女だった。
薄暗い中ですら、その美しさは欠片ほども目減りしていない。
「狭間……」
「いいえ」
違う。私は否定した。
「私は狭間翠なんかじゃない」
痛む心なんか、私にはいらない。
「私は―――」
全て、殺すために。
心を、解放する。
「両儀織だ」
あとがき?
三週間あるから楽勝、楽勝〜♪
なんて言ったまま、気がついたら二日前。
遅筆の雨音にとっては致命的な残り時間でした(汗
とはいえ、三週間はけして無駄というわけじゃなかったです。
狭間女史の性格設定が最後の最後まで(というか現在も)未確定で……
それをいろいろと考える時間があったのはとても良かったです。
さて、次回もいちおう三週間後を予定しています。
が、そろそろテスト期間なのでどうなるかは分かりません。
レポートがどれくらい出るかによって、変動する可能性はあります。
でも、ちゃんとがんばって書きますんで、待っててくだちぃ♪
でわでわ〜