『乙女の憂鬱』
自分が魅力的な人間であると思ったことはない。
印象に残らないほどではないと思うのだが、果たして人好きされるタイプかと言われればそうではない。
しかし、私は別にそれでも良かった。あの日無くしてしまった心の一部を埋めてくれるような異性なんて周りに一人も居なかったのだから、むしろそういうつまらない虫を寄せ付けない自分の雰囲気をありがたく感じていた。
だが……今となっては自分を守ってきたそれが自分の行動を邪魔する枷となってしまっている。
私はテーブルに伏せられた写真たてを手に取った。
そこに入っているのは一枚の写真。一軒の家を背景にして九人の女性と一人の男性が肩を並べている。
全員が一点にカメラを見つめている良くできた写真だが、その時その場の悲惨な状況を見ていた私としては苦笑せざるを得ない。
だが、今日はその時の記憶を巻き戻すこともなく、すぐさまその写真たての裏蓋を開いた。
出てきたのは、二枚の写真。一枚は写真たてのガラス越しに見られる集合写真。
そしてその裏に隠されていたもう一枚は……三人の男女の写真だった。
真ん中にはツインテールの女の子。顔一杯に子供っぽい無邪気な笑みを浮かべて、両手でピースサインをしている。その左側には私。喜びと緊張と、その他諸々が入り交じって何度見ても泣きたくなるほど不細工な表情になっている私。そして、右側には……
「相沢さん……」
その名前は心の中で押さえきれず、おもわず口へと流れ出てしまった。それと同時に、理性という門で封じられた心のダムの中からさまざまな感情が濁流となって流れ出てこようとする。
その青年はカメラに向かって小さく笑っていた。普段はまだまだ子供といった感じの表情を見せるくせに、ときどきこういった父性を感じさせる優しい顔をする。その顔を見る度に私は心が温まるのを感じた。
でも、それにも一つ問題がある。
それは、その顔が今だ一度たりとも私に向けられたことがないと言うことだ。
彼の周りには私を含めて8人の女の子が居る。
やや個性豊か(私を除いて)な顔ぶれだが、全員が世間一般では最上級の称号を与えられるだろう美少女なのだ。
そして困ったことにその美少女達は皆、それぞれ形は違えど相沢さんに対して特別な感情を抱いている。
まさに、ハーレムと言っても過言ではない状態なのである。
しかし、そんな状況であるにも関わらず、驚いたことに相沢さんには特定の彼女が居ない。
カメのように鈍感なのか、それとも女性にまったく興味がないのか?
幸い、相沢さんの部屋から……健康的な男子が喜ぶ本が発見されたという信頼できる人からの情報を考えると、彼が『偏食家』であるという可能性は低くなる。ならば、やはり冷凍野菜なみに鈍感だということなのだろうか?
(……あり得る)
脳内のビデオデッキに相沢さんとの会話を録画したカセットを入れ、巻き戻してから再生した結果、私はそんな絶望的な答えにたどり着いてしまった。
何せあの人は、人が2時間かけて選んだ服を見て「おばさんっぽいな」とのたまった程なのだから。
だとすると、やはり後手に回るのは良くないのかも知れない。相沢さんからのモーションを待っていては何時までたっても何の成果も望めないのではないだろうか?
こちらからモーションをかける必要がある。おそらく他の少女達も同様の結論にたっしているはずだ。
だが、ここにいたって一番最初に提示された問題が発生する。すなわち私自身の女としての魅力に関しての問題だ。個性的だが魅力あふれた他の少女達に比べ私という人間は致命的なまでに魅力がない……相沢さん風に言えば「オバサン臭い」だ。
これはかなり、いえ、絶対的に不利だ。
「なんとか……なんとかしなきゃ」
「世の悩める乙女達よ。嘆くな! 華の種類は数あれど、美しさに差はあらず。華が華である時点で美しいのと同様に、乙女も乙女である時点ですでにおまえ達は美しいのだ!」
「……世も末ですね」
女の人が変態行為をするようになるとは……この世界は狂ってます。
「変態ではない! 私は全世界乙女協会極東支部乙女応援課課長補佐のナナピーである」
不思議なフリフリのついたドレスを身にまとい、手に竹刀を持ちながら仁王立ちする覆面(プロレスの悪役がつけるような)ツインテール。この人物が変態でないとするのならば、この世からは変態という言葉が無くなってしまうだろう。
「えっと……110ですか? それとも119の方がお好みですか?」
「うむ。何が言いたいのか良くわからんが、とりあえずどちらも止めていただけるとありがたい」
傲慢なのか、小心なのかはっきりしてください。
まぁ、国家権力や医療機関を恐れる程度にはまだまともな神経をしているようで、助かりますけど。
「で? えっと……ナナピーさん?」
「うむ!」
「……とりあえず、そのしゃべり方似合ってませんから止めた方が良いですよ」
「そ、そう? やっぱりねぇ……私だってこんなしゃべり方変だと思ってたのよ。それなのに折原のヤツが無理矢理……。じゃ、改めまして、私はナナピー。よろしくね」
「あ、はい。よろしく……って、違います!」
あまりに自然なその流れに、思わずのせられそうになりました。
「早く出てってください。っていうか、どっから入ってきたんですか!」
「えっと……窓あいてたわよ?」
「だからって入ってこないでください!」
「悩める乙女を放って置くわけにはいかないわ!」
「あなたの脳味噌の方が放っておくわけには行きません!」
「あははっ! 上手いわね〜。こりゃおねーさん、一本取られちゃったかな?」
どうやら、ナナピーさんはすでに脳死なさっているようです。
臓器摘出しちゃっても文句言われません。
「とにかく! あなた今、恋に悩んでるでしょう!」
「うっ……」
「分かってる。分かってるわよ。あなたくらいの年頃なら、恋いに悩んでて然るべきよ」
なんとなく、差別発言っぽい感じがしますが……。
「私はあなたのような悩める乙女を助けるために遠い星からやってきた、正義の味方なのよ!」
「110を嫌がる正義の味方がいてたまるもんですか……」
「ふっふっふ……正義の味方は孤独なのよ」
……返答になってません。
けど、本人は気にしていないようで、あっはっはとか、うっふっふとか怪しげな奇声を上げています。
「……なるほど、分かりました。確かに……私は恋をしています。しかし、それがあなたにどんな関係があると言うんですか!」
「言ったでしょ? 私の役目は悩める乙女を助けることだって」
「大きなお世話です。帰ってください」
「遠慮しないで」
「遠慮してません。でてってください。出てかないと首筋にスタンガン押しつけますよ」
半年ほど前に護身用に買ったスタンガン……是非一度使ってみたかったんです。
熊もイチコロという売り文句が本当かどうか、楽しみです♪
「乙女が物騒なこと考えてちゃダメよ〜」
「あなたの方がよっぽど物騒だと想うんですけど……」
その姿はむしろ暴力的なほどにイカレています。
「ともかく! 乙女よ、私から助言を授けてあげるわ!」
「それが終わらないと帰ってくれないんですね? 分かりました。さっさと言って、さっさと帰ってください」
「やん♪ あなたってばクール♪」
脳に電気ショックを与えてみればちょっとは良くなるでしょうか?
まぁ良くならなくても、とりあえずこの無駄な音声を発する存在を沈黙させることができれば問題なしですけど。
「じょ、冗談じゃなぃの。そんな真顔でスタンガン用意しないでよ」
「幸い、正当防衛が認められそうな状況ですから……この際ガツンと行っちゃいたい気分です」
「ダメよ。世の中ラヴ・アンド・ピースなのよ!」
あなたのような人間を放置するのは愛じゃありません。
「まぁまぁ、聞いて損があるわけでもなし」
「……わかりました。それで? 何ですか?」
「うぉっほんっ! ……アナタに足りないのは……ズバリ、押しよ!」
「……はぁ……」
そんな仰々しく何を言うのかと思えば、そんな事はとっくの昔に気づいています。
変化を待ってるだけの自分。常に受身の自分……なんとかしたいと思っていても、どうしようもないんです。
「違うわ。そんじょそこらの押しじゃない。私が言ってるのは、力よ!!」
「はぁ?」
「昼食を一緒に食べてくれなかったらボディーにニ、三発きついの入れて、無理やり口に捻りこむ! デートに誘って断られたら、後頭部に一撃入れて昏倒させてでも連れて行く! これくらいの圧倒的な押し(ちから)が必要なのよ!」
「それは犯罪です!」
「乙女の特権よ!」
それでも犯罪は犯罪です。
第一、さっきのラヴ・アンド・ピースに反してるじゃないですか。
「愛のためなら多少の暴力は許容されるべきよ! それで結果が平和なら万事オーケー♪」
「アメ○カみたいな事いわないでください……」
積極的防衛なんてただ見栄えが良いだけの先手必勝主義なんですから。
「でも! それくらい積極的にぶつかっていかなきゃ、相手は振り向いてくれないわよ!」
「積極的にぶつかり過ぎて振り向いてくれなくなりそうです!」
「またそうやって揚げ足を取る!!」
「揚げ足を取られるような助言をしないでください!!」
この人はぁ〜!
だんだん腹が立ってきました。
「そう。分かったわ。仕方ないわね……」
「……なんですか? まだ用があるんですか? 私としては今すぐでてって欲しいです。というかでてってくれないとスタンガンでガツンといっちゃいますよ? いやまぢで」
「まぁまぁ。そうピリピリしないでさ。大丈夫、次のはきっとあなたも気に入るから」
そう言って、ナナピーさんは懐から一つの小さなビンを取り出しました。
その中には何か、小さなカプセルが……。
「え〜。どんな根暗少女でもびっくりするほど積極的になれる画期的なこのお薬。今ならもう一個同じのがついてきてお値段据え置き、3500円――――」
バリッ
……思わず、ガツンといっちゃいました。
屋根から転げ落ちていくナナピーさんをお見送りし、私は窓の鍵を閉めました。
これで平和になってくれるでしょう。
なんとなく、最初からこうしておけば良かったような気もしないでもないけれど。
私はもう一度、テーブルに置かれた写真を眺めた。
八人の個性あふれる女性達と一人の愛すべき男性。
そして一人平凡な私。
みんなそれぞれの顔に色とりどりの微笑みを浮かべ、それはまるで一面の花畑のように華やかで……本当に美しい写真。ただ、一つの咲いていない蕾を除けば。
(押し……かぁ)
情けなく、ため息が漏れる。
この美少女達に対抗できるような強烈な個性を、果たして自分が出せるのだろうか?
なんど頭の中でシミュレートしてみても、不可能に思えた。
綻び始めてもいないような頑なな私が、あの美しい花々に対抗できるわけがなかった。
「はぅ……」
考えれば考えるほど、情けなくなる。
再度ため息が漏れ、私はテーブルに突っ伏したのだった。
乙女の憂鬱な夜は、まだ当分明けそうにはない――――
あとがき
ギャグならギャグで最初から最後まで貫けば良いのに…なぜかこんな中途半端な作品に。
個人的に、ナナピーが面白く書けたと思うので、気に入ってるんですが(汗
クスリとでも笑っていただけたなら、幸いです。
しかし、七瀬ファンからは石が飛んできそうですね…(死
ごめんなさいです。