琥珀の夢
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 闇−−−
 
 真っ暗な、闇
 
 進んでも進んでも、動いた実感すら湧いてはきません
 
 闇の、檻です
 
 
 
 
 わたしは一人、そこにいました
 
 右を見ても左を見ても、変化すら感じられません
 
 でも不思議と、怖いとは感じません
 
 考えることもなく思うのは
 
 このまま闇に溶けてしまえばいいのに・・・
 
 
 
 
 
 何もない、誰もいない
 
 まるで小さな子供のように、闇の中を駆け回りました
 
 わたしは昔、こうしたいと
 
 ずっと思っていたような気がします
 
 自由に、自由に
 
 やっと今、わたしは笑っている
 
 だって、演じる必要はないんだもの
 
 
 
 
 
 思いっきり右手へと走ります。遮るものはありません
 
 左へと駆け込んでみます。邪魔するものはありません
 
 前へ前へ歩いてみます。触れるものすらありません
 
 
 
 
 
 わたしは今、自由な自分を感じています
 
 開放感、というのでしょうか
 
 心の底にあった枷がとれたような気分です
 
 
 
 
 
 ふと、振り返りました
 
 そこはわたしが走ってきた道
 
 わたしが通ってきた道
 
 真っ暗闇です。何も見えるはずはありません
 
 しかしそこには、一本の大きな木が立っていました
 
 ほんのりとしたあかり
 
 淡いスポットライトをあびたように
 
 その一角だけが、はっきりと見えました
 
 そして・・・笑い声
 
 かわいい笑い声
 
 なんとなく自分の姿を見てみると
 
 あらら
 
 わたしは子供の頃の姿になっていました
 
 
 
 
 
 そこには三人の子供がいました
 
 男の子が一人と、女の子が二人
 
 元気いっぱい、優しくて強い眼差しの男の子
 
 長い黒髪で、一生懸命男の子の後を追いかけていく可愛らしい女の子
 
 赤い髪に、困ったなあ、というような顔をしている女の子
 
 みんな見覚えがあります
 
 どこかで見た気がします
 
 でも、誰か・・・わかりません
 
 なにか・・・不思議な気分です
 
 
 
 
 
 わたしはそのあかりに導かれるように
 
 彼らのほうへと歩いていきました
 
 疲れはありません
 
 あれだけ走ったのに
 
 元気が有り余っています
 
 こんな気分、初めて・・・
 
 
 
 
 
 何か言っています
 
 大きな口で
 
 小さな口で
 
 かわいらしい口で
 
 わたしを呼んでいるようです
 
 わたしは嬉しくなって
 
 思いっきり駆け寄っていきました
 
 
 
 
 
「・・・・!!」
 
「・・・・!?」
 
「・・・・」
 
 言葉は聞こえませんが
 
 言いたいことはわかりました
 
 一緒に遊ぼう、ということでしょう
 
 嬉しくなりました
 
 こんな事、初めてのような気がします
 
 こんな気持ち、初めてのような気がします
 
 楽しい・・・
 
 
 
 真っ青な夏空の下
 
 綺麗な青空の下
 
 
 鬼ごっこ
 
 かくれんぼ
 
 おままごと
 
 かげふみ
 
 なわとび
 
 
 
 
 
 
 
 人と遊ぶのがこんなに楽しいなんて
 
 知りませんでした
 
 そこにある全てが新鮮であったかくって
 
 楽しい、という思いがどんどんひろがっていきます
 
 でも、一つ気になることがありました
 
 この子達は誰なんだろう
 
 見覚えはあるのに
 
 思い出せない
 
 それに・・・・・
 
 わたしは・・・
 
 誰なんだろう・・・?
 
 
 
 
 
 その時、声がしました
 
「秋葉さま、志貴さま、翡翠ちゃん。もう、お時間ですよ」
 
 お迎えのようです
 
 その声に三人はバイバイと
 
 手を振りながら帰っていきます
 
 なんとなく寂しい思いをしながら
 
 手を振り返します
 
 
 
 
 
 お迎えに来たのは二十歳くらいのお姉さん
 
 割烹着姿
 
 お手伝いさん?
 
 彼女の顔を見上げて
 
 わたしは気がつきました
 
 あれは・・・わたし・・・?
 
 
 
 
 
「わたしも連れてって」
 
 そう、わたしも一緒にいきたい
 
 あの子達と一緒にいたい
 
 ずっと一緒にいたい
 
 でも
 
 声が出ません
 
 こんなに一緒にいたいのに
 
 こんなに一緒に遊びたいのに
 
 こんなに一緒に・・・・!
 
 
 ・・・それでも声は出ませんでした
 
 
 
 
 
 おねえさんなわたしは
 
 にっこりと微笑んで
 
 頭を撫ででくれました
 
 そして
 
 こう、優しく言ってくれました
 
 
 
 
 
「大丈夫。すぐに、一緒に遊べるようになりますよ」
 
 
 
 
 
 それは
 
 とっても素敵な笑顔でした
 
 
 
 
 
「じゃ、サヨナラ」
 
 
 
 
 
 その言葉とともに
 
 彼女は夕陽の中に姿を消しました
 
 
 
 
 
 一瞬
 
 なにかが
 
 わたしの頭をよぎりました
 
 
 
 
 
 そして
 
 
 
 
 
 わたしはその陽の光に誘われるように
 
 目を覚ましました
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・あ・・れ・・・?」
 
 
 
 目が覚めたとき
 
 何か大事なものを忘れてきたような
 
 ぽっかりとそこだけ穴があいたような
 
 そんなやるせなさを感じました
 
 
 
 
 
 
 全身が焼けるような熱さ
 
 手も、足も、お腹も、背中も
 
 でもそれは心地よい痛み
 
 激痛といってもいい痛みだったけど
 
 身体の強張りを溶かしてくれるような
 
 そんな熱さでした
 
 
 
 
 
 でも
 
 頭と胸は
 
 何かが欠け落ちたような不安感
 
 何かが消え去ったような安堵感
 
 それらにぎゅうぎゅうと締め付けられます
 
 
 
 他のことが考えられない
 
 わたしは・・・どうしたんだろう?
 
 
 
「目が覚めたかい?」
 
 そんな男の人の声がして
 
 初めて自分を振り返りました
 
 
 
 霞んだ白に統一された室内
 
 ツンと鼻にくる刺激臭
 
 そこには白衣の男性が一人と
 
 頭に白い物をのせた女性が二人
 
 
 
 
 ここ・・・病院・・・?
 
 わたし・・・助かったんだ・・・
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・あ・・れ・・・?
 
 なにが“助かった”なんだろう?
 
 
 
 
 
 
 
 
 その時初めて
 
 なにも憶えていないことに気づきました
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「今日はゆっくりお休みなさい。話は明日しましょう」
 
 病室に一人残されたわたしは、不安でいっぱいになりました
 
 切なくて、悲しくて、申し訳なくて
 
 
 それ以上に、怖くて
 
 
 わたしは一人っきりでした
 
 
 目が覚めたときは幸せだったのに
 
 暖かい気持ちでいっぱいだったのに
 
 そんな気持ちをくれたものがあったはずなのに
 
 
 誰も、何も、思い出すことができません
 
 一人不安な気持ちで部屋に残されたわたしは
 
 涙が止まりませんでした
 
 
 
 そんなわたしにお医者さんはいろんな事を訊いてきました
 
 
 その中で
 
 わたしの名前は「コハク」ということ
 
 遠野さんという方のお屋敷で働いていたこと
 
 そこでは四人で暮らしていたこと
 
 を知りました
 
 
 でも
 
「憶えているかい?」
 
 そうしたお医者さんの質問には
 
 どれにも
 
 首を縦に振ることはできません
 
 
 思い出せない
 
 その中で分かることは
 
「コハク」という名前が
 
「コハク」という響きが
 
 波のように
 
 わたしをさらっていってしまいそう
 
 
 
 言葉がかけられる度に
 
 わたしの孤独は大きくなっていきました
 
 
 
 
 
 
「今日はお客さんが来るよ」
 
 ここ数日のお医者さんとのお話のおかげで
 
 不安でいっぱい
 
 
 わたしは何なんだろう
 
 どんなことをしてきたんだろう
 
 どんな性格だったんだろう
 
 どんな思いをしていたんだろう
 
 何が好きで何が嫌いだったのか
 
 
 叫びたいほど不安で
 
 暴れたいほど心に穴があいて
 
 自分が自分でなくて
 
 自分のことを自分と言っていいのかもわからず
 
 ただ、傷つくのが怖くて
 
 うずくまるしかなくて
 
 
 それでも
 
 なにも和らいではくれなくて
 
 宙ぶらりんなわたしが
 
 壊れてしまいそうです
 
 
 
 
 
 扉のむこうから声がしました
 
 こんこん
 
「どうぞ」
 
 二人の方が入ってきました
 
 男性が一人、女性が一人
 
 どこかでお会いしたことがあるのでしょうか
 
 何か懐かしさがこみ上げてきます
 
 でも、わたしには憶えがありません
 
 不安との狭間でわたしはどんな顔をしていたのでしょうか
 
 戸惑ったような表情
 
 そこに何か壁のようなものを感じました
 
「あの・・・どちらさまでしょうか?」
 
 何を言ったらいいのか判らず、でも何か話したくて、気づけばそういっていました
 
 お医者さんは客が来ると言ってました。でも、お二人の顔で分かりました
 
 この方達はわたしに会いに来たのではない
 
 琥珀という名の記憶を持つ人に会いに来たのだと
 
 それでも
 
 何か話したい
 
 「懐かしさ」の側にいたい
 
 なにも知らないわたしは、不安よりもお二人のことが知りたかった
 
 不安で、寂しくて、大切なものを全て失って
 
 目覚めて以来初めて、わたしは自分から話しかけました
 
 ・・・言葉を紡ぐしかありませんでした
 
 
 
「わたしと同じ顔をしたあなたは誰なんでしょう?」
 
 ・・・あ
 
 やっぱりわたしの言葉は空っぽでした
 
 そんな事を聞いて何になるのでしょう
 
 
 
 
 でも・・・
 
 その女性は
 
 どこかで見たような
 
 とっても優しい顔で
 
 わたしの手を握って
 
「わたしはあなたの妹です。ヒスイ、というんですよ」
 
 と言ってくれたんです
 
 
 
 いもうと・・・・
 
 嬉しくて、申し訳なくて
 
 暖かくて、寂しくて
 
 懐かしくて、でも空っぽで
 
 彼女の名を繰り返すことしかできませんでした
 
 思い出せないことの悲しさ
 
 自分のことばかりだったわたしは
 
 またひとつ、違う寂しさに出会ってしまいました
 
「・・・ごめんなさい。わたし、ヒスイちゃんのことを思い出せないし、そこにいらっしゃる方のコトも思い出せないんです」
 
 本当に
 
 ヒスイちゃんの優しい笑顔が眩しくて
 
 男性の包み込むような眼差しに応えられなくて
 
 身近にいたであろう人のことも分からなくて
 
 それが
 
 ・・・申し訳なくて
 
「あは、ちょっと怖くなっちゃいました。ヒスイちゃんのコトも分からないなんて、わたし、本当におかしくなってしまったみたい」
 
 ・・・自分が怖くて
 
 
 やっぱり空っぽなわたしはそんな事しか言えません
 
 
 
 それに・・・
 
 何にも知らないわたし
 
 期待に応えられないわたしは
 
 なにも思い出せなくて
 
 おかしくなってしまったんでしょう
 
 悲しさと情けなさで押しつぶされそうです
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・ぎゅっ・・・
 
 えっ?
 
 不意に
 
 強く
 
 手を握られました
 
「いいえ、安心して姉さん。どんなに不安でも、わたしがついてる。・・・今まで姉さんがわたしを守ってくれたように、今度はわたしが、ずっとずっと姉さんを守るから」
 
 ヒスイちゃんがすぐ側で
 
 わたしの不安を分かるかのように
 
 どうして欲しいのか分かるかのように
 
 強く
 
 強く
 
 そう言ってくれました
 
 
 
 
 
 それは、何のことかは分かりませんでした
 
 ただ
 
 わたしはもう
 
 気づいていたのかもしれません
 
 ヒスイちゃんの言葉が
 
 ゆっくりと
 
 本当にゆっくりと
 
 やるせないわたしの胸を
 
 潤してくれていたことに
 
 
 
 
 
 自分にばかり向けられていた
 
 わたしの不安な気持ちが
 
 包まれるように落ち着いていくのは
 
 そこにいる男性の
 
 優しい眼差しだということに
 
 
 
 懐かしいという思いに
 
 身を任せてもいいのだと
 
 
 
 
「ありがとう」
 
 
 
 空っぽだったわたしの言葉
 
 それはただ
 
 素直なわたし
 
 今、心から
 
 自分の気持ちに満たされた
 
 そんな言葉を言うことができました
 
 
 
 
 
 
 これでもう充分
 
 不安なわたしは
 
 もうどこかへいっちゃいました
 
 
 欲しいものはあるか、と聞かれても
 
 そんなものはありません
 
 
 
 ありませんが・・・
 
 
 
 
「わたし、コハクという名前をずっと嫌っていたみたいなんです」
 
 わたしを暗い世界に引っ張る力
 
 理由もなく、不安にさせる名前
 
 
 
「だから・・・わたし、名前がほしくて」
 
 わたしが一人にならないように
 
 わたしが不安に流されないように
 
 そして
 
 わたしがわたしでいられるように
 
 
 
 
「七夜というのはどうでしょうか」
 
 ヒスイちゃんはシキさんと相談するように目を交わすと、そう提案してくれました
 
 
 
 
 
 七夜
 
 懐かしさ、温かさの他に
 
 ドキドキするような
 
 ワクワクするような
 
 
 
 そんな・・・・嬉しさ
 
 
 
 
 
 
 
 
「はい。わたし、その響きは好きみたいです。なんだか懐かしくて」
 
 
 
 
 
 
 
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 雨音の感想

沙柳さん、月姫SSどうもありがとうございます。
すごいですね・・・琥珀の一人称・・・。
雨音も月姫SSを考えていたのですが・・・ネタを考えてるさいに、真っ先に外したのが琥珀の一人称でした。
雨音にはあのキャラは難しすぎました。
それを・・・あっさりと書いちゃってますね・・・(汗
あぁ・・・こういう精神(こころ)をしっかりと書いた作品・・・マジで見習いたいです。
神様!心理描写を!こんな綺麗な心理描写を書ける腕を雨音にもください!!!


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