現状分析:

一番思考『スキーというスポーツを実践中天候が悪化。現在位置不明』

二番思考『遭難している。脱出経路の確保は絶望的』

三番思考『食料、燃料ともに不足。長期生存は不可能』

四番思考『志貴と暗い場所で二人っきり♪(はぁと』


「だぁぁぁぁぁっ! 違う! 四番違いますぅっ!」
「何やってんの? シオン……」
 訝しげに首をかしげている志貴の視線を感じながら、シオンはひたすら、むき出しの地面をのた打ち回っていた。





『遭難しましょう、そうしましょう♪』






 光も無く、何処までも暗い洞窟の中。開かれた口から吹き込む風が地面の凹凸をこすり、ゴゥゴゥと不気味な咆哮をあげる。
 そんな音を聞きながら、シオンは冷たい土の上に腰を下ろし、膝を抱えながら外を眺めた。
 視界を完全に奪ってしまうほど激しく吹きすさぶ吹雪は、先ほどから力を弱めることもなく、むしろどんどん激しくなっているように思える。
 幸い洞窟は奥深く、彼女の居る場所までそれが届くようなことは無かったが、底冷えする寒さだけは、そしてそれによってもたらされる小さな絶望感だけは、どうしたって防ぎようが無かった。
「なんとか……逃げ込めたのは良いのですが。これは、天候が快復しない限りどうしようもありませんね」
 何時までも見ていてもこの状況が改善されるわけでもなし、シオンは入り口から眼を離すと少し離れた場所で同様に座っている志貴に話しかける。
 特に何かの解決策を期待しているわけでもなく、ただ少し沈んでいる自分の心をごまかすためだったが、そんなシオンに対して志貴は気楽に肩を竦めて見せた。
「仕方ないよ。救助がくるまでゆっくり待とう。無駄に体力を使うのは良くない」
「そうですね。何時救助が分からない状況である以上、体力を温存することが最優先です」
 遭難したとき、最も有効な行動は動かないことだ。
 帰る道も、目的地もはっきりしない状況でがむしゃらに動き回るのはこれ以上ない愚行である。
 動けば、体力が落ちる。
 体力が落ちれば、体温も落ちる。
 体温が落ちてしまえば、後は凍え死ぬだけだ。
 シオンは頷く。
「うん。だから……」
「だから?」
「寝よう」
「寝よ――――寝るっ!?」


寝るという言葉の分析:

一番思考『睡眠状態に入る事』

二番思考『死ぬ、あるいは殺すの隠喩』

三番思考『ネルという固有名詞』

四番思考『○○○(志貴は絶倫だから体力消耗しちゃう♪)』


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁーーーっ! 四番! 何か私に恨みでもあるんですか、四番っ!?」
 ガンガンと地面に頭を打ち付けるシオン。
 汚れるのも髪が乱れるのも気にすることなく、「消えろ〜、雑念よ、消えろ〜」と謎の呪文を唱える彼女の姿は、妖怪だろうが吸血鬼だろうが裸足で逃げ出す不気味さがあった。
「あの〜、シオンさーん?」
「き、気にしないでください。ちょっと混線してしまって……」
「こ、混線?」
 電波?
 電波ですか?
「とにかく、寝よう。あ、寝るって言っても本当に寝ちゃダメだからね。寝転がって、身体を休めようって意味で」
「そうですね。……えぇ、そういう意味だと、もちろん思っていましたとも!」
「そ、そう……」
 志貴が先に身体を倒し、それに習うようにシオンも冷たい地面に寝転がる。
 髪が汚れてしまうのが少し心配だったが、そんな事も言っていられない。
「あ、シオン」
「はい?」
「もっとこっちへ」
「は、はいっ!?」
 思わず声が裏返る。
 現在のシオンと志貴の距離は約60センチ。これでも充分すぎるほど近い距離だ。
 しかし志貴はさらに近くへと誘う。
 これ以上近いとなるとそれは……。


こっちへという言葉の分析:

一番思考『10センチほど志貴のほうへ寄る』

二番思考『30センチほど……以下略』

三番思考『50センチほど……以下略』

四番思考『密着。…………というか、合体?』


「四番っ! 表にでなさい、四番んっ!!」
「いや、シオンさんシオンさん。大丈夫? 四番って意味ワカンナイし」
「き、気にしないでください。自分と対決しているだけですから……」
「……そう」
 曖昧に頷いた志貴の顔には諦めが浮かんでいる。
 ……いったい何を諦められたのか?
 シオンには良く分からなかったが、突っついても自分にとって不利そうだったのでとりあえず見なかったことにしておく。
 彼女は「覚えていなさい!」とまた志貴の諦めが濃くなるような事を何も居ない中空に向かって叫び、そして身体を――今度は志貴のすぐ傍に――倒した。
 洞窟の中は風の音を除いてしまえば、どこまでも静寂だ。
 相手の吐息すら聞こえてきそうなほどに。
 自分の鼓動すら聞かれてしまいそうなほどに。
 まして、これほどお互いの距離が小さければなおさらに。
「シオン。寒い?」
「い、いえ!」
 すぐ傍から聞こえてきたその声に、シオンの心臓がドクンと一つ跳ね上がる。
 二人の顔の距離は、10センチもない。
 身体はほとんど密着している状態だった。
 分厚いジャンパーのために相手の身体を直接感じることは出来なかったが、それでも志貴の温もりがこちらに染み込んでくるような感覚がして、シオンはどうしようもなく落ち着かなかった。
 一度密着してしまった身体は接着剤でも付けられたかのように動かせない。顔を動かせるほどの余裕もなく、そのためシオンは所在無さ気に瞳だけをキョロキョロと動かしていた。
 光源も何もなかったが、それでも慣れてくれば吸血鬼の血も混ざっているシオンにとっては昼間と変わらないほど……とはいかないものの、充分に鮮明に周囲を見回すことが出来た。
 小さな石ころの転がる地面の上、志貴の顔がすぐそこにある。
 暗さに慣れていないのかボンヤリとした瞳でシオンの方を見つめていた。
(うっ――――)
 よくよく考えてみれば、これほど近くで志貴の顔をじっくりと見つめたことなど一度もなかった。
 機会がなかったわけではないが、なんとなく直視を避けていた事にあらためて気づき、シオンは固まってしまった。
「し、志貴っ!」
「わっ!?」
 志貴の驚いた表情と、なにより洞窟の壁や天井に反響して返ってきた自身の声の大きさに、シオンは自分の失敗に気づいた。顔が異常に熱くなっていくのを感じる。
 慌てて何かごまかす方法を探る。
 とっさに口に出たのは、
「志貴は…………助かると思いますか?」
 そんな自分でも情けなくなるような言葉だった。
「シオン?」
「状況は絶望的です。このまま天候が回復しなければ、私たちはこのまま動けません。そうなれば凍死するか餓死するだけです」
 自分はまだ良い。こういう時、吸血鬼の身体の頑丈さは信頼にたるものだった。凍死も餓死もそれほど心配することではないはずだ。
 しかし志貴はそうはいかない。普通の人間で、普通の人間よりも生命力の弱い志貴にとっては、この状況は確実に生命の危機だった。
「なんとしても志貴だけは……」
「大丈夫だよ、シオン。何の心配もない。絶対助かるよ」
「え?」
「そんな弱気じゃダメだろ? ワラキアに立ち向かったときのシオンは、もっと強気だったと思うけど?」
 そう言って、志貴は小さく笑った。
 その微笑みは優しくて、だからシオンは自分の情けなさを知った。
「ダメですね、私。錬金術師なのに……」
「シオン……」
「こういう時こそ冷静に行動できるように、その為の分割思考なのに。今の私は……おかしいんです」
 確かにかなりオカシイね……と志貴は思ったものの口には出せなかった。
「私はもっと強くなければならないんです。私はもっと高くあらなければならないんです。シオン・エルトナム・アトラシアは、この程度のことで怯えて……こんな、まるでごく普通の人間のように怯えていてしまってはならないんです」
 志貴ですら、何の怯えもないというのに。
 自分はこんなにも揺らいでしまっている。
 シオンは自身を恥ずかしく思い、唇を強くかみ締めた。
 しかし、志貴はそれをあっさりと否定した。
「そうかな?」
「志貴?」
「シオンだってさ、女の子なんだから。怖がったっていいと思うよ」
「女の子……?」
 志貴の言葉をなぞるように自分で口に出して、シオンの心臓はドクンと大きく跳ね上がった。
 志貴は自分の事を『女の子』として見ていてくれている――――?
「シオンは確かに、俺よりも強いと思うよ。頭だってすごく回転するし。でもさ、だからって別に気を張ることはないんだ。俺の前で、気を張る必要なんてないんだよ。俺は、シオンの素のままの感情を感じていたいんだ。だって――――」
「だって?」
 跳ね上がった心臓の鼓動が、更にドクンドクンと大きくなっていく。
 このままでは良くないと、シオンの中で別のシオンが叫んだが、それを止める術など例え錬金術師であろうとも、シオンには分からなかった。
 否。例え分かっていたとしても、シオンはそれを止めなかっただろう。
 その感覚は、少しだけ苦しくて、でも甘く心地のいい疼きだったからだ。
 息を潜めて――なぜそうするのかは分からなかったが――志貴の言葉を待つ。
「……だって、シオンは俺の大切な――――」
「大切な!?」
「大切な――――――――――――友達だから」

 ゴンッ!

「シ、シオン? 大丈夫? 今なんか凄い音がしたけど……」
「し、志貴……あなたと言う人は……」
「シオン?」
「……なんでもありません!」
 怒りのままにシオンは、打ち付けてしまって痛む頭を抑えながら身体を反転させた。
 こういう期待を持ってはならないと何度も言い聞かせているのに、どうしても上手く行かない。
 何度も何度も期待して、そしていつもこうやってシオンは落胆するのだった。
 分かっている。
 志貴に悪意はない。
 ただどうしようもないほど愚鈍なだけで……。
(……ふぅ)
 羞恥と苛立ちを全てため息に還元して吐き出すと、シオンは急に反対を向いてしまったことに後悔した。
 そういう期待を持ってはいけない。
 志貴が好きなのはあの真祖の姫君なのだから。
 だから期待してはいけない。
 だけど――――
(少しくらいなら、甘えても良かったかもしれない)
 そう思ってしまったのは、きっと弱い自分の心が生み出した気の迷いだったのだろう。
 しかし、弱い自分も赦してくれる志貴に、シオンは少しだけ「それでも良いか」と思い始めていた。
「あの……志貴――――」
「ヤッホーーー♪」
「ホへ?」
 唐突に洞窟の入り口から聞こえてきたあんまりにも場違いな軽い声に、シオンは固まってしまった。
 そんな馬鹿な……。
 なんでこんな所に彼女が……。
 ワカラナイ……。
 ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ……。
 だが困惑していたのはシオンだけだった。
 志貴は平然と立ち上がると、手を上げて洞窟に入ってきた女に返事を返す。
「お、やっと来たか」
「なによー。せっかく助けにきてあげたのに、その態度」
 ブーブーと、金色の髪にその肌と同じくらい真っ白な雪を積もらせながら不服気に言う彼女は……。
「あ、あの……」
「どうしたの? シオン」
「えっと……何から言えばいいのか分からないのですが……。とりあえず、どうしてアルクェイド・ブリュンスタッドがここに?」
「どうしてって。助けに来てあげたんでしょ? まぁ、志貴がメインであんたはオマケだけど」
(あぁ――――そうか)
 よくよく考えてみれば、まったくもって当然だ。
 アルクェイドは――吸血鬼であり真祖である彼女は――この程度の、吹雪などという障害は障害にもならない。
 凍え死ぬだとか、そんな人間的な問題など、問題ではない。
 大まかな場所さえ分かっていれば、これ以上ない最高の救助要員なのだ。
「ほら、琥珀さんが用意してくれたジャンパー。それに発信機がついてるんだよ。だから場所はすぐに分かるってわけ」
(あぁ――――なるほど)
 どうりで妙に冷静だったわけだ。
 確実な助けがあるのだと分かっているのなら、慌てる必要も怯える必要もない。
 ゆっくりと休んで待っていればそれでいいわけだ。
 タネが明かされてしまえば、なんて簡単。
 つまりこれは……とんだ茶番だったというわけだ。
 愕然とするシオン。
 そんな彼女を無視して、アルクェイドが動く。
「志貴……んっ!」
「なんだ?」
「ご褒美頂戴」
「あぁ……」
 アルクェイドの謎の言葉に頷いた志貴は、そのままゆっくりと彼女の元へと近づき、そして――――
(あ゛、あ゛、あ、あ、あぁぁっ!)
 シオンの見ている前で、いきなり唇を重ねたのだった。
 しかもディープ。
 舌と舌を濃厚に絡ませあいお互いの唾液を交換するディープなキス。
(志貴、あなたと言う人はっ!!!)
 シオンの中で無数の止めようの無い怒りが沸々と湧き上がってくる。
 アルクェイドの助けがある事を何故教えてくれなかったのか。
 一人不安になっているシオンの姿はさぞや可笑しかっただろう。
 さっき女の子としてみてくれているんだと、そう言ってくれたのではなかったのか。
 そのくせ、その「女の子」の目の前でそのような破廉恥な真似を……。


志貴をどうするかについての分析:

一番思考『殴る』

二番思考『殴る』

三番思考『殴る』

四番思考『私も負けじとキス!』


(四番んんん〜〜〜!)
 またも錯乱する四番思考に、今度こそ頭が割れんばかりに地面に叩きつけようとしたシオンだったが…………ふと、思い至って立ち上がった。
 居住まいを軽く確認すると、しっかりとした迷いのない足取りで、丁度唇を離した志貴たちの傍へと近寄っていく。
「シオン……?」
 そして――――

 チュ☆

「へ?」
「な゛っ!?」
 自分を騙してくれたことへの恨みと、そしてそれ以外の沢山の言葉にはならない思いを込めて……志貴の唇に、自分の唇を重ねた。
 アルクェイドのようにディープではなかったが、温もりを交わす、あたたかくて優しいキス。
 数秒間の短さで、シオンはなるべく名残惜しげにならないように、唇を離した。
 志貴は硬直している。
 アルクェイドも硬直している。
「フフっ」
「志ぃぃぃ貴ぃぃぃっ」
「ち、違うっ! これは何かの間違いだ! ほら、シオン。何か言って!」
「私からのお礼(・・)です。色々優しく(・・・)してくれましたから」
「志貴ぃぃぃっ! どういうことなのよ!!」
「違っ! 待てアルクェイド! イタッ、痛い! それマヂで痛……死ねるって!!」
 背後から聞こえてくるアルクェイドの怨嗟の声と、志貴の悲鳴と、そしてなにやら骨がきしむ音を聞きながら、シオンは満足げに微笑んだ。


「やはり。分割思考は最強です」







あとがき

リハビリ〜〜〜♪(謎

というわけで、久しぶりに書きあがったSSがこれです。
…………死ねる(汗
個人的に、可愛らしいシオンは書けていたんじゃないかとは思うのですが……どうなんでしょうね?

さて、Fateの発売ももう目の前ですね。
今年はこちらのSSも書いていけたらと考えています。
早くもイリヤ&バーサーカーコンビに萌えそうな予感がしてますし♪(ぉ
(ところで、イリヤSSでゼッタイ『イリヤの空』というタイトルのSSが登場しそうな予感がしているのは雨音だけでしょうか?)

でわでわ。
今年もがんばっていきましょい!!