注:このSSには激しくネタバレを含んでいます。未プレイの方はご遠慮ください。






























 好きだという気持ちが必ずしも成就されるものではないと言う事は、今時中学生でも知っていること。どれほど愛しても、望んでも、得られないものがあるのは世の道理とも言える。
 そういう状況に置かれたとき、人は多くの場合、諦めるのだろう。
 対象のことを忘れる。あるいは自分の納得のいく形で自己完結する。
 どちらも間違いじゃない。
 というよりも、諦めることが正解、なのだろう。
 だけど……世の中にはそう簡単に諦めのつかないこともあるわけで。
 例えば夕食を一緒に食べたときなんか、目の前で今時新婚カップルでもそこまでしないだろう、というぐらい甘甘ベタベタくっついてたりするのを見ると、無性に「こいつらここで脳味噌ぶちまけてやろうかしら?」なんて思ってしまうのは、一女性として当然の心理と言えないだろうか? 
 っていうか、「あ〜ん」とかやる? 普通。
 そういう光景を見てしまうと、やっぱり腹が立つ。
 もちろんつぐみの事は好きだけど、それでも……武への恋慕はそう簡単に消えるものではない――――








『私にとっての天使と悪魔』








 人は一生のうちにどれくらいため息をつくのだろうか?
 統計をとってみたら面白いことになるかもしれない。
 今度、桑古木あたりで実験してみよう。
 自分のデスクに座りながら、私はぼ〜っとした脳でそんな事を考えていた。
「はぁ〜……」
「あんまりため息ばっかりついてると、老けますよ?」
「高槻君、それってセクハラ」
 いつのまにか近づいてきていた研究員を、半眼で睨み付ける。しかし彼は蚊ほども気にした様子も無く笑った。
「やだなぁ。ちょっとした一般論ですよ。主任は今日も昨日も、明日もお美しい」
 フォローもやっぱりセクハラだったが、悪い気はしなかったので黙っている。
「にしても、どうしたんです? ここのところ、ずっとそんな感じですよ?」
「ん〜、ちょっとね〜」
 答えるべき言葉を持たなかったので、曖昧にごまかす。
「私事よ、ワタクシゴト」
「男ですかっ!」
「君……訴えるわよ?」
 唐突に目を輝かせる彼を、今度こそ本気の目で睨みつける。もしかしたらちょっと殺気もこもっていたかもしれない。
 彼もそれに気づいたようで、「じょ、冗談ですよぉ」と言い残して慌てて逃げるように去っていった。
 まったく。どうしてこう、人の色恋沙汰には過敏な反応を示すのか。
(…………色恋沙汰、か)
 自分でそう言ってみて、私は自分でその言葉に苦笑した。
 そう。これは間違い無く……傍目にもわかるほどに色恋沙汰なのだ。
 それも、救いの無い恋慕。
 私、田中優美清春香菜は……倉成武が好きだ。
 どこがどう好きかと言われても困るけれど、間違いなく好き。
 馬鹿っぽいけど時折みせる真剣な表情が好き。
 間抜けで鈍感だけどストレートな感情が好き。
 残酷なくらい優しくて強いその人格が好き。
 だけど今、倉成の傍にはつぐみがいる。二人の子供も居る。
 幸せな、家族の風景がある。
 それは……私達が望んだ光景。
 私達が17年かけて仕組み、願い、そして叶った世界。
 全てを失う覚悟を、この人生の全てを賭けて作り上げた世界。
 それを……そんな世界を、私の我侭な感情で汚せるだろうか。
 そんなの、出来るわけがない。
 一度は封印した気持ちだ。
 もう一生口にすることはないと、そう覚悟を決めた。そしてそうある未来を願った。
 なのに……。
(決めた……はずなのに、ね)
 気づいてしまったら、もうどうしようもない。
「……どうしたらいい……?」 
 私はデスクに置かれたテラバイトディスクに視線を向ける。
 そこに刻み込まれているのは、あるプログラムの羅列。
 倉成武の、AIシステム――――

 


「これ……なんでしょうか?」
 最初にそれを見つけたのは空だった。
 LeMUの開発室の大掃除をしていて、それを見つけたのだ。
 テラバイトメディアが普及した昨今でも、やはり紙の資料は欠かせないのだろう。それはとあるシステムの設計仕様書だった
 とあるシステム。それは空……そしてLeMMIHシステム。
 システム設計仕様書にはプログラムには書かれていない、開発段階の「こうすれば良い」という説明が書かれている。それはまさに、プログラムの設計図だ。
 最初は……別にそれを見つけても何も思わなかった。
 ただ、多少の――つまりそれは、同業者としてLeMMIHシステムへの――興味を感じていただけ。
 しかし、それを眺めているうちに、私は気づいてしまった。
 開発者の、空への思い。
 開発者が空をどんな思いで作りだし、そしてどんな願いを託したのか。
 空のあのあまりにも人間らしい仕草や言動は、全てその開発者の思いによるものだったのだ。
 まさに、現代のピグマリオン。
 そして、私は気づいてしまった。
 私にも、同じことが――自分の好きな相手を作り出すことが――出来るかもしれない、と。
 気づいてしまったら、どうしようもない。
 とどめることなど、誰にも出来ない。
 まして、それを願い続けている自分には、絶対に。
 私は極秘に、誰にも知られぬようにその計画を実行した。
 基本部分は空のAIからそのままコピーした。
 そこに倉成武の人格プログラムを差し入れていく。
 仕事もほったらかしで、私はその作業に没頭した。
 そして……気づいた―――― 

 


 人は他人のどこを見て、それが人間であると認識するのだろうか?
 これが一番難しい問題だった。
 人間らしいAIを作るのに、絶対必要な条件であるのにも関わらず、この答えを導き出すのはとても難しい。
 それはつまり、人間とは何か、という問でもあるからだ。
 人間を定義するものとして、挙げられるのはまずDNAだろう。
 しかし対人関係で相手の遺伝子を意識したことなど一度もない。人間の肉眼では遺伝子を見ることができないのだから。
 人間は、遺伝子の存在に気づく前から人間とそうでないものを区別できていた。
 だとしたら、相手が人間であると認識するのに、遺伝子の存在はなんら関係ないことになる。
 では、容姿だろうか?
 人間の形をしていれば、人はそれを人間だと思うのか?
 だが人は、人形を見てそれを人間だとは思わない。人間の型を正確に模したとしても、人はそこに人間を見ることはできない。
 それは、人形に心がないからだ。そう考えてみる。
 しかし、心とはなんだろうか?
 どうやってそれを観測するのだろうか?
 一般的に『心』と呼ばれているものは、人間の感情であり、その感情はなんらかの形でアウトプットしなければ他人には伝わらない。では脳死した人間は人間ではないのか、という問題が発生する。『心』のアウトプットができない人間は、人間ではないのか?
 答えはノーだ。たとえそれが生きていないとしても、人はやはり人間を見分けることができる。
 では、いったい人間とはなんなのだろう?

 それはきっと――――

 私は、つぐみが前に話してくれた事を思い出す。
 自分が、何処にいるのかという命題。
 その答えは、そう……。
 概念。
 メディアに記憶された情報のように形の無いもの。
 結局のところ、人間を定義するのは観測者側の認識にかかっているという事なのだろうか。人が、それを人間だと思いこむこと。それが『人間』を作り出すのかもしれない。
 しかし、ここでジレンマが生じてしまう。
 人間と同等のAIを作っても、それを作った人間はそれが人間でないことを知っている。
「私は……知っている」
 世界中の全ての人間が知らなくても、私だけがそれを知っている。
 ピグマリオンの彫像だって、この開発者や武にとっての空だって、それが彼らにとって唯一無二の本物だったから幸せを得ることが出来た。
 でも私の場合は違う。
 すでにそこに居る、倉成武と言う一人の人間の偽者を作り出そうとしているのだ。
 偽物。
 本物では無いもの。
 模造品。
 見せ掛けだけの作り物。
 イミテーション――――


 
 
「優……優、優っ!」
「ぅぅん……。倉成ぃ?」
「そろそろ帰らないと、終電なくなるぞ?」
 あぁ……私は……。
 倉成武の声に、まどろみから引っ張り上げられた私は、自分の今の状況を確認した。
 そう。ここは倉成の家。そのリビングにあるソファー。
 久しぶりに夕飯をご馳走になりにやってきて、そしてお酒を飲んで――倉成とつぐみのベタベタっぷりに自棄酒だ――眠ってしまったのだった。
「まったく、お前って酒癖わりぃよな」
「…………」
「ほら。早く帰ってやらないと。娘さん、家で一人っきりなんだろ?」
 娘……。
 優……。
 私の娘。
 私の妹。
 もう一人の私。
 そして、私にはなれなかった、私のもう一つの未来。
 彼女は私。
 でも私ではない彼女は今、とても幸せだ。
「私が帰らなくたって……ホクト君が居れば良いじゃない……」
「えぇっ!?」
 その場に居たホクト君が困ったような声を上げる。
「ねぇホクト君。家を交換しない? ホクト君は私の家に、私はこの家に……」
「なにバカ言ってんだよ。ったく」
 呆れたような倉成のため息がすぐ近くで聞こえる。
 そして、不意に身体が浮かび上がった。
「仕方ないな。今日は客間に泊めるか」
 倉成の声が聞こえる。
 倉成の言葉が頭の中で響く。
 倉成の指が私の身体に触れる。
 倉成の温もりが冷えた身体に染み込んでいく。
 倉成の匂いが私を包み込む。
 倉成が……そこに居る。
 それは間違いなく現実。
 なのにどこか遠い実感。
 これは本物?
 これは偽物?
 分からない。
 あまりにも、自分に都合が良過ぎて……。
 もしかしたらこれは私が見ている夢なのかもしれない。
 私が作り出した……偽物なのかもしれない――――




(馬鹿みたい……)
 私は一人、デスクに肘掛ながら自嘲した。
 他人は騙すことが出来ても、自分は騙すことが出来ない。
 人は、自分の認識を越えることは出来ないのだ。
 私はその銀色の円盤を眺める。
 テラバイトディスク。
 この中に在る。居る。彼が。
 まだ生まれる前の息吹を感じる。
 これを起動すれば、私は幸せを得られるだろうか? 
 完璧に動く。その確信はある。
 想いを込めて作り上げたこのプログラムは、間違い無く『倉成武』を生み出すだろう。
 だけど……私は……。
 まだその決断が出来ないでいた。
 まるでシュレディンガーの猫だ。
 箱を開けるまで、結果は不定。
 もし私がこの箱を開けたら……結果はどうなるのだろう?
 これを使えば、私は彼を手に入れられる。
 誰も傷つけずに。
 だけど……。
 それでいいのだろうか……。
 私は……。
 それで満足できるだろうか?
 彼を本物として、受け入れることが出来るだろうか。
 それを信じることが出来るだろうか……?


 これは、私にとっての天使と悪魔。
 幸せを運び、そして絶望へ導く。
 どうやら私は……一生この迷路から抜け出せそうにない。



"True or False" closed.





あとがき


 もし貴方が、貴方の好きな人を、貴方にとって都合の良い形で模造できるとしたら。
 それは貴方にとって天使となるでしょうか? それとも悪魔となるでしょうか?

 と、いうわけで、EVER17の初SSです♪
 プレイしてからだいぶ立ちますが、書こう書こうと思っていながらなかなか書けずに、こんな時間がたってしまいました。
 しかもこのSSは難産でした。
 書き終わった今も、なんだか微妙な気分です。
 空が造れてしまうような世界なら、必ず起こるだろう問題(ジレンマ)、についてなのですが……。
 ……どうなんでしょうね?(ぉ

 さて、E17SS、もう二本ほど製作中です。
 次はラブラブか、あるいはギャグか。そのどちらかなのでお好きな方は楽しみにしていてくださいませ♪





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