ちいさな思い出
1
「お、琴音ちゃん、今日も頑張ってるな」
いつもの昼休み、中庭に浮かぶ5〜6個のテニスボール。それは勿論ひもでつるしている、わけはない。
「あ、浩之さん。今日も来てくれたんですね」
「当たり前じゃねーか。琴音ちゃんが一所懸命頑張ってるのに、俺がサボれる訳ねーだろ?」
そういって俺はふわふわ浮かぶテニスボールを眺める。琴音ちゃんの超能力コントロールはかなり進歩したみたいだ。
「前と比べたらかなり楽に『ちから』をコントロール出来るようになりました。こうやってお喋りしていても、全然平気なんですよ」
琴音ちゃんはにこやかな顔をして俺に話しかける。本当はこういう明るい笑顔で笑える子だったんだ。
超能力少女、姫川琴音ちゃんと知り合って早や1年。最初であった頃の琴音ちゃんは自分の力に怯え、自分の殻に閉じこもっている、影のある少女だった。
「薄幸の美少女」
って言えば聞こえは良いけど、俺は正直言ってそんな琴音ちゃんを放っておくことができなかった。
俺は琴音ちゃんが超能力を制御するためのトレーニングの手伝いをして、琴音ちゃんも俺の期待にこうして応えてくれた。今では超能力をかなり自由に制御出来るみたいだ。
その証拠に、テニスボールを宙に浮かべながら、さらにはもう一個、バレーボールを飛ばして壁にぶつけたりするワザまでやってのけるのだから大した物だ。
「琴音ちゃんの力ってやっぱりすげーんだな。俺みたいな一般市民からしたら羨ましい限りだぜ」
これも今だから言えること。以前の彼女には、こんな事とても言えなかった。
「ふふふ、そんなことありません。これは浩之さんがくれた力ですから」
「俺が? 元から琴音ちゃんには超能力があったんだろ?」
琴音ちゃんはくすっと笑って、
「浩之さんに会えたから今の私があるんです。だからこの力は浩之さんがくれた力なんですよ」
笑いながら。琴音ちゃんの目の前には宙に浮かんだ何個かのテニスボール。
ぽかぽかと太陽の光が暖かな昼休み。琴音ちゃんと世間話なんかしていると、何とも朗らかに気分になってくる。
「そうそう、今日ここに来たのには訳があるんだ」
俺はようやく本題を口に出来た。
「琴音ちゃん今度の日曜日は暇かな?」
えっという顔をする琴音ちゃん。まるで、いや、どう考えてもデートのお誘いだとわかる切り出し方。
「日曜日は空いてますけど… どうしたんです?」
琴音ちゃんは俺が次に言うことが判るのかな?
「一緒に水族館に行こうと思ってさ。ほら、琴音ちゃんはイルカが好きだって言ってたろ? たまたまチケットを貰ったから、どうかなって思って」
このチケットを貰ったというのは嘘だ。琴音ちゃんのことだから多分、『俺が小遣いを節約して水族館のチケットを買った』なんて言ったら、遠慮して『私の分はお支払いします』なんて言われかねないしな。嘘も方便って奴だ。
「ええ、喜んで。浩之さんと一緒でしたらどこでもご一緒しますよ!」
良かった。琴音ちゃん喜んでくれて。
「でも… そのチケット、本当に貰い物ですか」
ぎくっ、どうしてばれたんだろう…
「あ、浩之さん? 本当に自分で買ったんですか? 今顔に出ましたよ…」
こ、琴音ちゃん…… 俺が少し口ごもっていると
「いいですよ。貰い物だってことにしといてあげます。浩之さんが嘘なんてつくはずありませんから」
「ああ、そうしといてくれ。でもどうして自分で買ったってわかったんだ?」
「ひ・み・つ」
かすかな音と共に、テニスボールが地面に落ちて、少し、跳ねた。
2
日曜日、駅前で琴音ちゃんと待ち合わせ。琴音ちゃんは、彼女らしい清楚な出で立ちで現れた。頭にはちょっと大きめの帽子。
「琴音ちゃん、よく似合ってるよ」
「そうですか? 藤田さんに褒めていただけるとお洒落したかいがあります」
琴音ちゃんはほんのりと頬を染めながら、俯いてしまった。むー、薄くお化粧しているのか、普段とは違って大人っぽい表情。なんだかどきどきしてきた…
電車で30分程。港近くの新しく出来たショッピングセンターの中に、その水族館はあった。昔ながらの水族館という雰囲気はなく、お洒落なデートスポットという感じ。当然日曜日の今日は、目に付くのはカップルばかり。
あっちにもこっちにも。うーむ。目のやり場に困るのう…
俺がオッサン臭いことを考えつつ、きょろきょろと辺りを見回していると、
「藤田さん、何してるんです? 早く行きましょ」
俺の腕を取って歩き出す琴音ちゃん。わ、わかったから腕を放して〜。
水族館の中でも人は多かったが、そんなに混雑しているという程ではなかった。巨大な水槽に、まるで海の中さながら泳ぐ魚たち。これじゃ本当に自分が海の中にいるみたいだな。
神秘的な魚の群を目の前にして、子供のようにはしゃぐ琴音ちゃん。いやあ、奮発して良かったよ…
「藤田さん、ホラホラ、あの魚マンボウっていうんでしょ。面白いですよね」
ははは、マンボウねぇ… そういや、どくとるマンボウっていう作家がいたな。南さんだったっけ… いや北さんかも…
琴音ちゃんはマンボウ以外にもジンベエザメなんかがいたく気に入ったようで、熱心に水槽を眺めていた。
眺めているといえば何か水槽ではなく俺自身が見られているような… 周囲の視線が集まってくるというか… 何だろう?
と考えて気が付いた。見られているのは俺じゃなくて琴音ちゃんなんだ。ただでさえ、アイドルタレント顔負けの美少女である琴音ちゃんが今日はめいっぱいお洒落して化粧までしている。これを世の男どもが見逃すはずがない。中には自分の彼女そっちのけで琴音ちゃんの方を見ている男もいる。後で酷い目に遭うんだろうな… あの男……
逆に俺の方には
「どうしてこんな男がこんな可愛い娘と…」
みたいな邪悪なオーラが伝わってくる。ちょっと居心地悪いかも。
「どうしたんですか? 藤田さん。他の場所に行きましょうか?」
琴音ちゃんが俺の表情を見て怪訝そうに話しかけてきた。そりゃそうだろ、水槽を見ずに周囲の目線を気にしてちゃ。
「う、うん。そろそろお昼にしようか。何かおごるよ」
ま、レストランでも周囲の視線は変わることがなかったけど… 琴音ちゃんって目立つんだ…
3
昼食後、俺たちはもう一回りした後、イルカのプールの傍にいた。黄昏時ともなれば混雑も随分収まり、館内は閑散としてきた。
「随分静かになりましたね」
「ああ、もうちょっとで閉館だからな。イルカのショーも終わっちまったし。俺たちも行こうか」
俺は琴音ちゃんを促して、出口に向かおうとした。そのとき
あっ
帽子が飛んだ。風の悪戯だろうか。プールの中、水面の上に、ぷかぷか浮かぶ、琴音ちゃんの帽子。
手を伸ばしてもとれない距離だけど、そう、琴音ちゃんには超能力があるんだ。帽子を取るくらい朝飯前なんだ。
「いえ、待ってください。帽子を取る必要はありませんよ」
「どうして? 琴音ちゃんなら簡単だろ? あの帽子要らないの」
「取らなくても帽子は戻ってきますよ。ほら」
俺は琴音ちゃんのいう意味がわからなかった。帽子は取らないと戻ってこないだろ…
そう言おうとした、そのとき…
えっ、プールの中からでてきたのはイルカだった。イルカのプールにイルカがいるのは当たり前だ。でも、イルカは帽子をくわえていた。まるで琴音ちゃんの帽子を取ってくれるみたいに。
ゆっくりと近付いてくるイルカと、手を伸ばして帽子を受け取る琴音ちゃん。
まるで。まるで帽子を取ってくれることがわかっているかのように。
「ありがとう、イルカさん」
イルカも琴音ちゃんの言うことがわかっているみたいに。俺にはそう見えた。
「なあ、琴音ちゃん。どうして帽子を取ってくれるってわかったんだ?」
「え、そ それは…」
琴音ちゃんは、少し考えていて。
「ふふ、これも超能力ですよ」
「え、イルカのことが解る能力?」
「子供の頃にも、飛んだ帽子をイルカさんにとって貰ったことがあったんです。それで、イルカさんのことはわかるんです。それだけですよ」
琴音ちゃんの、混じりけのない笑顔が、夕日を受けて。イルカみたいに純粋な、そんな笑顔だった。
あとがき
ここまで読んでいただき有り難うございます。華緒須堂16666Hits記念作品です、えらい中途半端ですがそこはご愛敬ということで…
雨音さまのリクエストは東鳩なら何でも良いということでしたので、私としても初挑戦の琴音っちです。しかし… PS版だけなんですね、イルカさんのエピソードが出てくるのは。超能力のトレーニングもPS版のエピソード。ということで完全にPS版準拠の琴音SSになってしまいました(汗)。考えてみれば、PC,PSで完全に違うシナリオというのはこの子だけではないでしょうか?
私のイメージしている
「地球に優しいエコロジー美少女琴音ちゃん」
像が少しでも伝えられたら嬉しいです(苦笑