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 だから、たぶん――――

 それは悲劇なのだろうと思う。



『有限の近接』




 通学路を一人、歩く。
 周囲に同級生たちの姿はない。
 当然だろう。
 なにせ、時刻は9時を回っているのだから。
 彼らは一時限目の授業の真っ最中なはずで、そんな時間になって登校してくる奴なんていうのはそうそう居ない。
 少なくとも、俺はそんな奴は二人しか知らなかった。
 しかも、そのうち一人は自分だ。
 我が事ながら、何だか情けないような気持ちになるのは、たぶんそうではない日々を知っているからなのだろう。
 ウンザリとした気分だった。
 何もかもが重苦しくて、息をすることすら苦痛に感じられるほどに。
 何故こんなにも気分が重いのか。
 決まっている。これが、あの日々の名残に過ぎないからだ。
 惰性。
 彼女と過ごした時間が今もこうやって俺を動かし、しかし、日々を重ねるごとに徐々に薄れていくのが分かる―――そんな、立ち止まる事のできない時間の流れ。
 そんなどうしようもないものが、身体の上に乗りかかっているのだろう。
 俺は、そんな気分を変えるために、空を見上げた。
 突き抜けるような、見ているだけで溶け込んでしまいそうな青空―――なんて、お世辞にも言えない、ただのつまらない空だ。
 水色の背景に浮かんでいるのは、綿菓子の残りカスみたいな薄っぺらい雲と、太陽。
 そこから降り注ぐ、まるで殺人光線のように容赦の欠片も無い、眩い輝き。
 ハッキリ言って、見ていて楽しいものではない。
 そんなものを、こんな道端でひとり見上げていたら、周囲から怪しい奴だと思われることは請け合いだ。
 
 だけど――――

 これがもし、夜だったらどうだろう?
 太陽が沈み、世界が暗闇に包まれていたら。
 この眼には、何が映っただろうか。
 俺は眼を瞑り、その光景を夢想する。
 視界は一転、蒼から黒へ。
 血の赤さが沈む、混沌とした黒へ。
 そこにあるのは、無数の小さな輝き。
 幾百億の、小さな星々の姿。
 それはたぶん。
 見る価値のあるものではないだろうか。
 満天ではないかもしれないけれど、満点を付けても構わない。
 そんな光景が見えるはずなのだから。
 俺はゆっくりと眼を開けた。
 再び、鮮やかな空が戻ってくる。
 そのどこにも、幻視した輝きは見つけられなかった。
 この違いは、いったい何なのだろう。
 別に昼と夜とで世界が変わってしまうわけではない。
 まさか、実はあの空がハリボテで、所定の時刻になると役所の職員がやってきて、張り替えている―――なんて、そんな衝撃の真実はないはずだ。
 っていうか、あったら嫌だ。
 かなり嫌だ。 
 だから、ここから見上げる風景に、実のところなんの違いも無い。
 空はやっぱり空で、宇宙の向こうにあるものは同じ。
 同じ、はずなのに。
 違いなんて何も無いはずなのに。
 今、この瞬間。
 俺の眼に、星は映らない。
 小さな、哀れなくらい弱々しいその輝きを、捉える事はできない。
 そうして、俺は気づいた。
 それはつまり、

 たった一つの、

 大きな輝きの所為なのだと。
 

☆ ☆ ☆



「昼飯、どうする?」
 隣の席で、チャイムと共にムクリと起き上がってきた春原が聞いてきた。
 俺と同じく二時限目からやってきて、その後ずっと眠っていたくせに、何故こうも正確に昼休みと六時限目の終わりだけわかるのか。
 かなり特異なスキルと言えるだろう。
 ただし、どうしようもなく無駄だったが。
「学食で食うか?」
「金、あるのかよ」
「大丈夫。誰か居るでしょ」
 また後輩にたかる気なのだろう。
 いつか背後から刺し殺されそうな生活をしている。
「とはいえ……魅力的ではある」
 万年金欠な俺としては、その誘いを無視するのは勿体無かった。
 少なくとも、刺されるのはこいつだけなのだから、俺が心配するようなことではないし。
 というか、むしろ刺されてしまえ……?
「なんか、今酷いこと考えませんでしたかねぇ?」
「あぁ、刺されてしまえって考えてた」
「ちょっとは隠そうよ! 自分の本音!!」
 喚く春原を残して、俺は教室を出る。
 もちろん、春原は後を追いかけてきた。
 結局のところ、こんな風景も、何時もの事だ。
 毎日毎日、同じことを繰り返している。
 変わらない。
 変われない。
 自分の力では、どうしようもない。
 丁度曲がり角を曲がったところで、視線の先にその姿が映った。
 そいつは周りに何人もの生徒を従えていた。
 もちろん、そいつには『他人を従える』なんていう発想はないだろう。
 そいつはそんな風に、人の上に立っているのだという自覚に欠けていた。
 しっかりしてるようで、どこか抜けてるのだ。
 だが、それでも。
 そいつの周りには自然と人が集まる。
 あらゆる優劣を無視して、多くの人がそいつを慕ってくる。
 それはたぶん。
 そいつには、欲が無いからなのだろう。
 人の上に立ちたいという欲が。
 それは転じて、人を蹴落とそうという悪意の顕れでもあるからだ。
 だから、周囲に対して悪意を振りまかないそいつの周りには、人が集まってくる。
 ただ真っ直ぐに、自分自身の力で高みへ登っていくそいつに、皆が憧れ、尊敬する。
 凄い奴なのだ。
 本当に。

 どうしようもないくらいに――――

 俺は踵を返していた。
 走ったりはしなかった。
 それではまるで、逃げているようだったからだ。
 だから俺は早足で来た道を戻り、そして教室へと帰ってきていた。 
 そのまま昼休みが終わるまでジッと動かなかった。
 何も考えないようにして、夢さえも拒絶して。
 やがて、昼休みの終わりとともに、春原が戻ってきた。
 そして一言。
「重症だな」
「あぁ……お前の頭がな」
「あんたのだよっ!」
 春原が何かわけの分からない事を叫んだが、俺には良く聞こえなかった。
 ……聞こえなかった、フリをした。


☆ ☆ ☆



 実のところ、春原は正しいのだろうと思う。
 俺は未だに、あいつの横を通り過ぎる事が出来ないでいる。
 何事も無かったように。
 他人に戻り、それまでの自分に戻るつもりだったのに。
 なのにその意志は、幼稚園児の砂山だってもうちょっとマシなくらいに脆く、未だ叶えられていない。
 いつかはそうなるだろう―――なんて。
 そんなの言い訳なのだと、分かっているのに。
 だけど、どうしても出来ない。
 もし目が合ってしまったら、俺はどうすれば良いのだろう。
 もし声を掛けられてしまったら、俺は何を言えば良いのだろう。
 確かに、寸分の間違いも無く、重症だ。
 完璧に、イカレてる。
「そう言えば、今日だったかな」
 春原の部屋だった。
 春原は全開にされた窓から身を乗り出すようにして、外を眺めていた。
「何がだ?」
「彗星だよ、彗星」
「マジックがどうしたんだ? 額に『肉』でも書いて欲しいのか?」
「それ、絶対ワザとでしょ……」
 胡散臭げに眉を顰める春原。
 しかし、胡散臭く思うのはむしろ俺の方だった。
 てっきり、腹が減っていて、正面の定食屋を意地汚く眺めているのかと思っていたのだが、どうやら夜空を見上げていたらしい。
 似合わない事この上ない。
「で? 彗星がどうしたんだ?」
「ん〜、いやさ。このまえ、学食で話してるのを聞いたんだよ。なんか、何十年だったか何百年だったかに一度の、彗星の大接近があるらしい」
「それが、今日?」
「確かそうだったと思う」
「曖昧だな」
「仕方ないでしょ。盗み聞きしただけなんだから」
 ……するなよ。盗み聞き。
 呆れた気分で、俺は眼を閉じた。
 幸い、時期が時期だけに窓を開けっ放しにしていても寒くは無かった。
 むしろ吹き込んでくる風が心地いい。
 このまま眠ってしまおうか、なんて考える。
「あ、今なんか光った!」
「眼の錯覚だ」
「違うよっ!」
「じゃあ、幻覚だ」
「クスリなんてやってないよっ!!」
「じゃあ、誇大妄想だ」
「僕の人格を愚弄してなんか楽しいっ!?」
 盛大に、思い切り、全力で頷いてやる。
「もう良いっ! ロマンチシズムの分からないヘタレめ!」
 
 がごんっ!

「……嘘です。貴方様はヘタレなんかじゃありません。ごめんなさい……」
「謝るなら、言わなきゃ良いのに」
 徹底的にヘタレな奴だった。
 俺はゆっくりと立ち上がった。眠気は消えていた。
 ただ、鬱々とした気分が不快で、一人になりたかった。
「帰るのか?」
「あぁ」
「あんま、思い詰めるなよ」
 背中に聞こえる声に、俺は手だけで挨拶して部屋を出た。


☆ ☆ ☆



 暗い夜道を、重い足取りで歩いていく。
 またあの家に帰らなければならないのかと考えると、とてつもなく陰鬱な気分だった。
 だが―――今日はそれだけではない。
 そんなのはいつもの事で、もう慣れたものだ。
 陰鬱なのは当たり前。
 それがデフォルト。
 絶対条件。
 そこから変わっていくことなんて、出来ない。
 それが出来たならば、あるいは、また別の未来があったかもしれないのに。
 だがそれは、例えば鮭に羽があれば、苦労して川を上る必要なんてないのに、と言っているのと同じぐらい、あり得ない話だった。
 だからその陰鬱の原因は、別にある。
 誰も居ない道のりを、俺は空を見上げながら歩いた。
 暗いブルーの背景に、無数の淡い光の粒が見える。
 残念な事に、満点を付けるほどではなかった。
 それでも、やはりその光景が嫌いではなかった。
 そんな星々の間に、一瞬、光が見えた。
 それは青白い燐光を放ちながら、遠い夜空を斜めに流れ落ちていき、遠くに見える山の裾野に消えた。
 時間にして僅か数秒間の出来事。
 春原は、嘘をついた。
 彗星なんかじゃなくて、大接近なんかじゃなくて、ただの流星だった。
 ちっぽけな塵屑だった。
 どこか遠い、想像も付かないくらい遠い世界から飛来したそれは、瞬くような微細な時間だけ、この夜空に映り、そして、今はもう見えない。

 だから、たぶん―――それは、悲劇なのだ。

 長い長い時間、旅をして、
 ほんの僅かな時間、隣に居て、
 だけど留まる事も出来ず、
 通り過ぎていく。
 あとは、ただ、離れていくだけ。
 
 その一瞬だけが、二人の邂逅だった。

 その一瞬だけが、二人の奇跡だった。

 そして――――

 その一瞬だけが、二人の限界だった。

 近接は、だけど有限。
 ただの偶然ですれ違い、
 お互いに触れ合う事を望み、
 しかしそれは叶わず、
 己の運命に従って、離れ、
 長い長い旅へと回帰し、

 そして、たぶん―――もう二度と、出会うことはない。


 だから、それは、ただの悲劇なのだ。







あとがき

やっとこさ「CLANNAD」クリア〜♪
というわけで、SS一発目です。
一発目はやはり、ゲーム同様、智代さんでした。
って、智代、出てきてないですけど……(ぉ

この作品は、思いっきりタイトル先行なので、内容に関してはノーコメントの方向で。
ってか、朋也君、自己陶酔強すぎでしたか……?(汗
次はもっとラブラブな話を書きたいと思います。

で、その「次」ですが。たぶん風子辺りが来るかと。
ネタはだいたい出来ているので、そう時間はかからないと思います。

でわでわ、次の作品まで。
息災と、友愛と、再会を(何





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